遺言書の種類と特徴
遺言書を書いておかないとトラブルになる可能性があることは前回解説したとおりですが、それでは遺言書には主にどのような種類があるのか見ていきましょう。普通方式と特別方式の大きく2種類に分けることができ、細かくは全部で7種類ありますが、ここでは一般的な普通方式の3種類をご紹介します。
a)自筆証書遺言(手書きの遺言書のことです)の特徴
遺言者が遺言の全文・日付・氏名を自書(※1財産目録を除く)し、押印して作成する遺言です。筆記具と紙さえあればいつでも作成可能ですから、他の方式と比べると費用も掛からず手続きも一番簡単です。しかし、その反面、「法的要件不備のために無効」となる危険性が付きまといます。
私の今までの経験上、たとえ法律上遺言書が有効であっても半数以上が実際には利用できなかったり、不備があったりする遺言書です。「形式上有効な遺言書」と、「実際に使える遺言書」は、全く違うのです。
どういうことかというと、形式上有効であっても、財産の特定が不十分であったり、本当に遺言者本人が書いたものか特定できなかったり、さらには財産をあげたい人が特定されていなかったりして、実際の手続きを行なう銀行窓口や法務局でお断りされることがあるのです。
さらに、あと1つ、自筆証書遺言には大きな欠点があります。
自筆証書遺言の場合は他の方式と異なり、「検認手続き」をしなければその遺言書は使うことができません(※)。検認手続きとは、簡単にいうと、家庭裁判所に相続人全員が集まって、遺言書が検認日現在における遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続きです。勘違いされがちですが、遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。
(※ただし、法務局保管制度を利用すれば、検認手続き不要)
せっかく遺された相続人が楽に手続きできるように遺言書を書いたのに、これでは余計な手続きが増えて大変ですし、遺産争いの火種にもなってしまいます。また、天災・窃盗が発生すると紛失してしまう可能性があることや、遺言の存在をどうやって遺族に知らせるかといった問題もあります。
検認手続きで司法書士等の専門家費用をかけるのであれば、公正証書遺言を作成して、死後相続人に余計なお金がかからないように準備してあげたいという方が大多数ではないでしょうか。
簡単に自筆証書遺言のメリットとデメリットをまとめておきます。
メリット
・ いつでも、簡単に一人ですぐに作れる。
・ 費用がかからない。
デメリット
・ 手書きしないと無効となる(※財産目録の部分は手書きである必要はありません。)。
・ 紛失や偽造・変造の危険がある。
・ 形式不備で、遺言自体が無効になるおそれがある。
・ 遺言の内容を執行する前に、家庭裁判所の検認手続きが必要となる。
(ただし、2020年7月10日から始まる法務局保管制度を利用すれば、不要)
なお、2020年7月10日から始まる法務局保管制度を利用しても、実際に遺言を使う場面になると相続人全員の戸籍集めは必要となります。これが意外にも大変な労力となることがあります。
b)公正証書遺言の特徴
公証人に作成してもらい、かつ、原本を公証役場で保管してもらう方式の遺言です。作成・保管は公証人が行ないますので、法的に最も安全・確実で、後日の紛争防止のためにも一番望ましいといえます。
天災が起こったとしても、電子上に保管してあるため、謄本の再発行ができるので安心です。ただし、公証人費用がかかることと、2名の証人の立会いが必要なことなどがデメリットとしてあげられます。
この2名の証人の立ち合いが必要であることが意外とやっかいで、相続人になる予定の人や、受遺者(遺言により遺産をもらう人)は証人になることができないというルールがあるのです。かといって、友人に頼んで自分の財産や遺言内容を知られてしまうのはちょっと嫌ですよね。そういうときには行政書士等の専門家にお任せすれば、秘密を守りながら作成できますので、役に立ちます。
公正証書遺言を作成する公証人の費用は法律でしっかり定められています(全国どこで作成しても同じです)が、行政書士等の報酬は各専門家が自由に決めることになっておりますので、依頼をする前にしっかり費用を聞いてから依頼するようにしましょう。行政書士等の遺言書作成に関する報酬の相場は、一丸には言えませんが、5万~15万円が多いようです。
行政書士等の専門家を介することなく、直接公証人にお願いして作成することもできますが、原則として公証人は、依頼人の言われた通りに作成することになります。行政書士等の専門家に依頼すれば、面倒な公証人とのやりとりを代行してもらえるだけでなく、事務所によっては、遺留分・相続税・家族構成・二次相続等、様々なことを検討して依頼人に合った提案をしてくれます。相続を得意としている事務所に依頼すれば、遺言だけでなく、その他の相続対策もセットで検討してくれる可能性が高いので、あらかじめ問い合わせてみることをオススメします。
メリット
・ 遺言の存在、内容を明確にでき、法的にも無効になる恐れがほとんどない。
・ 公証役場で保管するので、紛失や偽造・変造の恐れがない。
・ 検認手続きが不要になる。
- 死後に遺言を使用する際、相続人全員の戸籍集めが不要である。
デメリット
・ 公証人費用がかかる。(公証人手数料はhttp://www.koshonin.gr.jp/hi.htmlを参照してください)
・ 証人が2名必要である。(行政書士等の専門家が証人として立ち会うことが多い)
c)秘密証書遺言の特徴
こちらの秘密証書遺言の方式で作成される方は少ないです。遺言者が用紙に遺言内容記載し、自署・押印したうえで封印し、公証人役場に持ち込み、公証人および証人立会いの下で保管を依頼します。
遺言内容を誰にも知られずに済むので、偽造の防止になり、遺言書の存在を遺族に明らかにできる等のメリットがありますが、遺言内容を知っている人が公証人含めて本人以外いないため、不備があれば無効となる危険性があります。また、公証人費用が発生し、自筆証書遺言と同じく検認手続きも必要となります。
メリット
・ 遺言の内容を秘密にできる。
・ 代筆やパソコンでも構わない。
・ 公証人の証明があるので、偽造・変造の恐れがない。
デメリット
・ 形式不備で、遺言自体が無効になる恐れがある。
・ 自ら保管するので、紛失の恐れがある。
・ 証人が2名必要である。
・ 公証人費用がかかる。(公証人手数料はhttp://www.koshonin.gr.jp/hi.htmlを参照してください)
・ 遺言の内容を執行する際に、家庭家庭裁判所の検認手続きが必要となる。
以上、主な遺言書の種類について解説しました。
私一番オススメするのは、公正証書遺言による方式です。公正証書遺言で作成すれば、これだけのメリットがあり、安心して利用できることがお分かりいただけたと思うのですが、それでも無料で手軽に書ける「自筆証書遺言」にこだわる人が多いのは事実です。おそらく、死亡後に待っている検認手続きのことや無効になるリスクを知らないのでしょう。
私が受けた過去の案件で、自筆証書遺言に関して困ったことがありました。ある日、当事務所に電話があり、「父が亡くなったので相続手続きをしてほしい」とのご依頼を相続人Aさんから受けました。
面談して詳しく話を聞いてみると、Aさんは公正証書遺言をお持ちでした。公正証書遺言書があるなら話が早い」と思いさっそく遺言内容のとおり手続きを行おうとした矢先、相続人ではない親戚のBさんから一本の電話が・・・。
Bさん「私は、亡くなる直前に書いてもらった手書きの遺言書を持っている。こちらの遺言書が有効なはずなので、こちらで手続きしてほしい。」
さて、この場合どうなるでしょう。
「平成21年に作成されている公正証書遺言」と「平成28年に作成されている自筆証書遺言」は、どちらの遺言書が有効だと思いますか?
遺言書には、後で作成したものが有効になるというルールがあります。これは自筆証書遺言書であろうが、公正証書遺言書であろうが取り扱いは同じです。先と後の遺言書で、同じ内容の部分は問題ないのですが、先の遺言書とは違う内容が書かれている部分については、先の遺言書を撤回して、書き直したと判断されます。
その時点では、後の遺言書を有効なものとして手続きを進めるしかないのですが、もちろん相続人Aさんは黙っていません。実は、後で書かれた自筆証書遺言書は不備だらけの遺言書だったので、Aさんは「そんな遺言書は無効だ」「そもそもその時は認知症だったはずだ」「Bさんが書いたに違いない」と主張し始めたのです。
このような事態になってしまったので、私はとりあえず遺言書の執行は中断しました。これからは、後で書かれた自筆証書遺言書が有効か無効かを争って裁判することになるでしょう。
このような事態になった原因は、2回目の遺言書を自筆証書遺言で遺してしまったことにあります。遺言書は何度書き直ししても構いませんので、2つ以上の遺言書が存在することは十分にあり得るのですが、2回目の遺言書も公正証書遺言書で遺すべきでした。(Bさんが代筆・偽造した可能性はありますが、もはや誰にもわからない話です。)
遺言者本人の本当の意思はわかりませんが、少なくとも自分の身内同士で争うことを望んていたはずはありません。遺される大事な家族を思うのであれば、多少費用がかかっても公正証書遺言書で遺すべきではないでしょうか。
また、最近では、公正証書遺言を作成した理由や子ども達への気持ちを動画で残して、公正証書遺言とDVDをセットで保存される方が増えています。いわゆる、「映像遺言」というものですが、もちろん法的な効果はありません。しかし、動画で想いを遺すことによって、遺族が感動するだけでなく、それが遺留分請求の抑止力になり、遺言が「書かされたものではない」という証拠になり、さらに「公正証書遺言の作成当時、認知症ではなかった」という証拠にもなるため、法的効果はなくても実際には大きな意味があります。