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「多くの方が認識している相続放棄」と「本当の相続放棄」は完全な別物!
本当の相続放棄とは?
私が日常業務を行なっていると、特に相続放棄については、誤った認識をお持ちの方が多いと感じます。「多くの方が認識している相続放棄」と「本当の相続放棄」は完全な別物です。
例えば、Aさんが亡くなり、相続人が子供の長男Bさんと二男Cさんであるとします。そして、二男Cさんが「兄と話し合いをした結果、私は書類に印鑑を押して、相続放棄をしました。」と言われることがあります。
さて、これは、相続放棄をしたと言えるでしょうか?
実は、これは本当の相続放棄ではありません。この場合は、単に遺産についての話し合いで、「プラスの財産はいりません」という合意をしただけなのです。よって、この場合は相続放棄をしたのではなく、兄と「遺産分割協議をした」ということになります。
つまり、多くの方が誤って認識している相続放棄とは、「遺産分割協議」のことなのです。遺産分割協議において、預貯金や不動産等のプラス財産を自主的に受け取らなかったということですので、もし後日父であるAさんに多額の借金があることがわかった場合でも、「自分は相続を放棄したから関係ない!」ということにはなりません。
なぜなら、借金や連帯保証人の地位等のマイナスの財産は、自動的に相続人全員が引き継ぐことになるからです。相続人全員の話し合いで「父Aが残した借金返済の義務は、すべて兄Bが負う」旨の合意はすることはできますが、この勝手な合意は、相続人の間で有効なのであって、債権者に対しては主張できません。債権者は、相続人全員に対して、借金の返済を請求することができます。よって、弟Cからすれば、プラスの財産は一切受け取らなかったのに、借金だけは兄Bと平等に相続するという悲惨な事態になってしまうのです。
なお、債権者が「父Aが残した借金返済の義務は、すべて兄Bが負う」旨の合意について承諾してくれたら、弟Cは借金返済の義務を免れることができます。
本当の相続放棄というのは、家庭裁判所に対して相続放棄申述書を提出して、正式に受理してもらうことをいいます。この相続放棄は、自分に相続があったことを知った時から3ヶ月以内にしなければなりません。相続放棄の手続きは、他の相続人が関わることなく完全に1人で完結することができます。これにより、初めから相続人ではなかったことになるため、プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しないことになるのです。
相続放棄をすると、遺産分割協議をして印鑑を押すことは一切ありません。というよりも、法律上相続人でなくなるので、そもそも遺産分割協議に参加すること自体できなくなります。
なお、相続放棄をしても、戸籍等に記録が残る事はありません。
① 遺産についての話し合いで、財産を一切もらわない合意をして実印を押した。
→ これは相続放棄ではありません。あくまで「プラスの財産は何もいらない」という遺産分割協議(合意)をしたということになります。
② 家庭裁判所に対して相続放棄の申し出をして、正式に受理された。
→ これが本当の相続放棄です。遺産についての話し合いに参加することも、実印を押すことも一切ありません。
ちなみに、被相続人の死亡前にあらかじめ家庭裁判所で相続放棄の申述を行なうことはできませんし、死亡前に遺産分割協議を行なうこともできません。仮に、被相続人の死亡前に遺産分割協議を行なって、遺産分割協議書に実印が押印され、印鑑証明書が添付されていても無効です。なんら効力はなく、法的にはただの紙切れです。
ごく稀に、長男の方が「父(被相続人)が生きているときに、ほかの兄弟には放棄する旨を一筆書かせているから、この書類で手続きしてください。」と被相続人の生前に作った書類を持参されることがありますが、死亡前の遺産分割協議は無効であるため、当然使用することはできません。もっとも、この長男の方は「相続放棄」と「遺産分割協議」を間違えて使用していることは、皆様にはもうお分かりでしょう。
なお、被相続人の生前に相続放棄はできませんが、裁判所の許可を得て「遺留分の放棄」はすることができます。(※)「相続放棄」と「遺留分の放棄」は別物ですので、注意してください。あまり詳細に書きすぎると意味がわからなくなると思いますので、遺留分の放棄については、また後日書きたいと思います。
3ヶ月は意外に短い!相続放棄をするか悩んでいるなら「期間伸長」できる!
相続放棄には期限があります。もし相続放棄をしたいのであれば、相続人は、自分に相続があったことを知った時から3ヵ月以内に、相続放棄の申述を家庭裁判所にしなければなりません。
しかし、実際に大切な方を亡くされたご家族にしてみれば、この3ヵ月という期間はあまりに短すぎます。特に喪主の方からすれば葬儀が終わり、バタバタしているうちに四十九日になり、あっという間に3ヵ月ですので、相続財産の全体像もまだわからず相続放棄をすべきかどうか考える時間的余裕がないという方は多いはずです。
相続放棄をすべきかどうか3ヵ月で判断できない場合は、家庭裁判所に放棄をするための期間伸長の申出ができるようになっています。遺産全体を把握するための調査が3ヶ月では無理な場合もありますので、そのような場合は期間延長の申出をしておくとよいでしょう。期間伸長の申出が受理されると、さらに3ヶ月の期間の猶予が与えられることが一般的です。
相続放棄をする場合に注意しなければならないのは、相続財産には一切手をつけてはいけないということです。なぜなら、相続財産に手を付けたということは、「相続人であることを認めた」行為に他ならないからです。相続財産に手を付けてしまったら(例えば、預貯金を一部降ろして使ってしまった場合等)、せっかくの相続放棄が無効になってしまうので注意が必要です。
3ヵ月を越えても諦めるのはまだ早い!
「3ヵ月過ぎてしまったから、もう私は相続放棄できない…。」と落ち込むのはまだ早いです。
相続があったことを知った時から3ヵ月以内に、相続放棄の申述を家庭裁判所に行わなければなりませんが、この「相続があったことを知ったときから」の意味が重要となります。単に「被相続人が死亡したことを知った日から3ヵ月」ではありません。
基本的な考え方として、以下の3つをすべて知ってから3ヵ月以内に家庭裁判所に相続放棄を申述すれば受理されます。
①被相続人が死亡したこと
②自分が相続人であることを知ったこと
③被相続人の遺産又は借金があることを知ったこと
①~③のすべてを知ったときから3ヵ月ですので、身近な方が被相続人の場合は、死亡を知ったその日から3ヵ月以内にしなければならない方が多いでしょう。
しかし、このご時世、疎遠になっている家族も多いので、兄弟姉妹の相続や祖父母の相続の場合には「死亡したことは知っていたが、遺産については何も知らない」というケースは少なくありません。
実際私が経験した案件では、被相続人(夫)が死亡してから6ヵ月後に、金融機関から妻に督促通知が届き、夫に2,000万円の借金があることが判明しました。金融機関担当者から話を聞くと、その借金は、夫が生前にバイクで人身事故を起こしてしまい、3,000万円の損害賠償請求を受けてしまったことが理由だというのです。通常であれば自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)で賠償するのですが、亡夫は自賠責保険に入っていなかったために支払うことができず、金融機関から3,000万円の借金をして賠償しました。夫は家族に心配かけまいと、その事実を家族に内緒で借金返済を続け、1,000万円は生前に返済していましたが、まだ2,000万円の借金が残っている状態で死亡してしまいました。そして、家族は大変困惑した状態で私のところへ相談に来られたのです。
幸い亡夫名義の不動産はなく、預貯金も少額のため引き出していないとのことでしたので、私は「金融機関から通知を受け取ることにより“借金の存在を知った日”から3ヵ月以内に相続放棄の申述を行なえば、相続放棄ができますよ」とお伝えしました。あのときの安堵したご家族の顔は今でも忘れられません。相談してよかったと非常に喜んでいただき、すぐに相続放棄申述書作成のお仕事を引き受けさせていただきました。
そのほか、最近私の事務所に多いのは、祖父母や兄弟姉妹の名義のまま長年放置された不動産が発覚するケースです。ある日突然、市役所から固定資産税未払い20万円の督促状が届いたり、倒壊のおそれがある建物の撤去・修理代130万円の督促状が届いたりするのです。しかも、全く身に覚えのない遠方の土地であることもしばしばです。
市役所からそのような通知が来て、初めて「そんな遺産があったのか!」「土地の名義変更できてなかったのか!」とびっくりするわけです。
なぜ「全く知らなかった」ということが起こるのでしょうか?
例えば、以下のようなケースがあります。
【ケース①】
市役所から通知が受け取った方の両親は若い時に離婚していて、父親とは幼少期から会ったことがなく、その父親の父親(祖父)の不動産が残っていた。父親の住んでいる場所さえ知らなかったため、祖父の遺産など知る由もなかった。
【ケース②】
7人兄弟で、そのうち子どものいない兄弟が不動産を所有したまま死亡した。その後は、誰かに名義変更登記をすることなく放置しており、別の兄弟が長らく固定資産税を支払っていたが、その支払っていた方も死亡した。そして、兄弟姉妹の子(甥・姪)に対して一斉に固定資産税の納税通知が市役所から送付された。甥・姪からすれば、そのような不動産が残っていることも知らず、叔父の相続権が自分にあることすら知らなかった。
①と②のいずれも、相続人だからそのような通知が来るのであって、市区町村は適切な手続きを取っているにすぎません。しかし、事情を知らない相続人にとっては、びっくりしてしまいます。
このような場合は、被相続人が死亡してからかなりの期間経過していても相続放棄できる可能性が高いです。実際、私は被相続人が死亡してから20年以上経過している相続放棄を何件も行なったことがあります。
もし皆さまにこのような通知が来たときは、その通知書は相続放棄を行なう上で非常に重要なものであるため、絶対に捨てないでください。この通知が届いた時が「知ってから3ヵ月」の期間スタートとなる客観的な証明文書になりますので、中身の文書だけでなく、消印のある封筒も捨てないでください。相続放棄申述の際に使用することになります。
相続放棄をしたいのは、なにも借金があるケースばかりではありません。
依頼者の中にはプラスの財産しかないのに相続放棄をしたいという方も多くおられます。例えば、子ども達はみんな都会に出てしまっていて、地元にある親名義の不動産の固定資産税だけは毎年かかってしまう場合や、相続人があまりに多すぎて遺産分割協議に参加したくない場合等です。
相続放棄をするには、期限以外にも条件がある!
相続放棄が認められるためには、「知ってから3ヵ月以内」にしなければならないこと以外にも条件があります。それは、「相続人として何も遺産を受け取っていないこと」です。
先ほどの例でいうと、たとえ少額の預貯金であったとしても、その口座から引き出して使ってしまっていたとすれば、相続放棄は認められません。なぜなら、被相続人の財産を使い込んだ時点で相続人となることを認めたことになるからです。これを「単純承認」といって、法的に相続する意思があるものとみなされます。
不動産の名義変更登記をした場合も同じことがいえます。不動産の名義変更登記をする際には、(遺言書がない場合)相続人全員で遺産分割協議書を作成しますが、その遺産分割協議書に署名押印をすると、原則としてその相続人全員が相続放棄をすることができなくなります。遺産分割協議に参加するという行為は相続人でなければできない行為だからです。
相続放棄のチャンスは、たった1回きり!
家庭裁判所に対する相続放棄の申述は、他の相続人との話し合いや承諾は必要なく、1人で行なうことができます。しかし、覚えておいてほしいのは、相続放棄の申請はたった一度きりのチャンスだということです。もしも内容等に不備があったり、照会書(※)の回答に不備があったりして、万が一家庭裁判所に申請を却下されてしまった場合、再申請を行うことは認められません。よって、「とりあえず自分でやってみて、上手くいかなければ専門家に頼もう」ということはできません。
(※相続放棄をする理由や単純承認にあたることを行なっていないか等をチェックするアンケートのようなもの)
家庭裁判所における相続放棄は、自分で行なうことも可能ではありますが、手続きの手間だけでなく、却下となると取り返しのつかないことになります。そして、自分で取り組んだものの却下されてしまった例は決して少なくないため、相続放棄に精通した司法書士又は弁護士に一度ご相談されることを強くオススメいたします。
特に、相続放棄の期限である3ヵ月を越えているケースの相続放棄については、「期限を越えてしまった理由」を法的に(効果的に)書くことによって、例外的に相続放棄が認められるということが多いです。具体的には、過去の裁判例を確認し、相続放棄が認められる条件を分析した上で事案に当てはめて検討しなければならないため、難易度が非常に高いものになります。
また、すべての専門家が相続放棄に精通しているわけではないことに注意しなければなりません。中には、専門家から「死亡したのを知ってから3ヵ月を越えているから相続放棄できないよ」と言われ、門前払いされたという酷いケースもありました。
3ヵ月の期限を越えた相続放棄は、特に依頼する専門家を慎重に選ぶ必要があります。万が一、相続放棄が認められなかった場合には、借金を背負わなければならないことを肝に銘じておかなければなりません。
9月30日㈯10時は出張モーニングディライトin八幡浜
あの毎週金曜日、人気ラジオ番組「モーニングディライト」の臨場感をリアルで体感!👏
八幡浜のみなと交流館にて、ラジオパーソナリティ江刺伯洋さん、らくさぶろうさん、ひめさぶろうさんをお招きし、エンディングパートナーによる無料相談会が開催されます🎉
年々、終活の大切さが伝わり、反響やお問い合わせが多くなってまいりました。「詳しく知りたい」というお声に応えまして、弊社がご相談に乗ります。
相続に関するトータルサポートができるように、弁護士・葬儀プランナー・保険募集人・税理士・宅地建物取引士・お墓アドバイザー・司法書士・行政書士)による予約不要・参加無料の相談会になります。
今回の内容は、以下の3部構成です😊
①江刺伯洋&ひめさぶろうの出張!モーニングディライト
②らくさぶろうのためになる!終活おもしろ噺
③エンディングパートナーによる無料個別相談会!
また11:15~12:00の時間帯は、
●フラワーショップKEIさん による「ハーバリウム体験」
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などなど人気の無料の体験コーナーもご用意しております。
皆さんで明るく、幸せな将来のことについて考えておきましょう‼️お気軽にご来場ください😊
エンディングパートナーによる無料相談会
開催日時:2023年9月30日㈯
10時00分~
(9時30分受付開始)
場所:八幡浜 みなと交流館
お問い合わせ先:一般社団法人エンディングパートナー
0894-35-6588
ホームページ https://ending-partner-ehime.com
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メリットだらけの家族信託・・・ではない?
「目的を達成するために、家族信託を利用するしかないだろうか?」という視点を持つことが大事
近年、家族信託についてはテレビや雑誌で取り上げられることが多くなったため、家族信託を検討する方も増えたように思います。需要が高まってきたため、専門家の間でも大変注目を集めるようになり、専門家自身が家族信託の経験値を上げたいがために、わざわざ家族信託をしなくてもいい事例であるのに、あえて家族信託をオススメする専門家もいるようです。また、家族信託の手続きは難易度が高いため、他の制度と比べて専門家費用が高額になる傾向があります。
お客様の要望・状況をしっかり聞き取りした上で、家族信託を利用しなくても他の手続きで目的が十分達成できる事例においては、むしろ家族信託は利用すべきではないと私は考えています。なぜなら家族信託は、表向きは簡単な仕組みに見えますが、実はかなり複雑に設計しなければならない手続きであり、継続した専門家の協力が不可欠になることが多いからです。また、判例が少ないため、まだまだ成熟していない手続きといえることも理由の1つです。
家族信託は自由度の高い手続きであるため、家族信託の知識に乏しい者だけで手続きを行なうと本来の家族信託の制度趣旨からかけ離れた契約内容でスタートしてしまうこともあり得ます。スタートさせることができたとしても、トラブルが発生したときに、最終的には裁判所に「この信託契約は無効」と判断されることも考えられます。そうなってしまっては意味がありません。
誤解をしてほしくないのですが、家族信託は危ないから利用しない方がいいという意味ではありません。家族信託は現代の多様な家族関係においては大変有用であるのですが、万能な手続きだと誤解して、「家族信託ありき」で話を進めない方がよいという意味です。遺言、生前贈与、後見制度等の他の選択肢も検討して、それでも十分に目的が達成できないのであれば「家族信託を利用した方がいい」という順序で検討すべきであると言いたいのです。
「とにかく家族信託をやりましょう」といった姿勢の専門家には要注意です。他の制度との比較をしっかり説明してくれる専門家を選びましょう。
家族信託の注意点
適正な家族信託を行なえば、デメリットはほとんどないと言ってもよいと思いますが、あえて注意点をあげるとするならば次の6つです。
注意点1.適任な受託者がいないリスク
注意点2.損益通算ができなくなるリスク
注意点3.身上監護はできない
注意点4.税務処理が増える
注意点5.専門家への報酬が高額になりがち
注意点6.家族信託を得意とする専門家が少ない
注意点1:適正な受託者がいないリスク
家族信託において、最も肝となるのが「受託者を誰に任せるか」ということです。受託者は、専門家と同等とまではいかないまでも、家族信託についてしっかり理解して行なっていただかなければなりません。筆頭にあげられるリスクは、信託財産の使い込みです。受託者はあくまで受益者のために管理するのですから、自分のために財産を使ってしまっても本末転倒です。業務上横領罪となる場合もありますので、十分に気を引き締めて管理することが求められます。
しかし、人間は弱い生き物ですから、つい魔が差してしまうこともあるかもしれません。そういうことが起きないように、専門家が「受託者監督人」という役職について、受託者を監視する仕組みにすることも可能です。
また、身寄りがなく、そもそも受託者になってくれる人がいないという場合もあるでしょう。それなら司法書士等の専門家が受託者になったらいいのでは?という声が聞こえてきそうですが、実は我々専門職は受託者になることができません。業務として反復継続して受託者になることは信託業法違反となってしまうため、行なうことができないのです。
その他の手段として、法人に受託者になってもらうことも検討してもよいでしょう。個人であれば、どうしても死亡のリスクがありますが、法人であれば基本的にその心配はありません。その代わり、株主関係や役員関係がこじれて上手く機能しなければ、逆に受益者のために動けなくなるというリスクもありますので、どのように受託者を定めるかというのは、家族信託にとって1番大きなテーマであるといえます。
注意点2:損益通算ができなくなるリスク
賃貸マンション等の収益物件を家族信託した場合、この賃貸マンションについて損失(赤字)が出たとしても、その損失は所得の計算上なかったものとされますので、他の不動産所得との損益の通算はできません。よって、翌年以後への損失の繰越もできません。
このような税務的にデメリットが生じる可能性は、税理士と共にしっかり検討しなければなりません。
注意点3:身上監護はできない
家族信託は、「財産管理」の契約ですので、受託者において後見制度のような「身上監護」は行なうことができません。
「身上監護」とは、次のような手続きのことをいいます。
・病院に関する手続き
・介護保険に関する手続き
・介護施設等の入所や施設退所に関する手続き
・住居の確保に関する手続き
・医療に関する手続き
・障害福祉サービスの利用に関する手続き
・本人の生活環境に変化がないか定期的な本人確認等
受託者には、この身上監護権がありませんので、入院手続きや施設入所手続きを行なうことはできません。本人にとって身上監護権が必要であれば、後見制度を利用して、後見人として身上監護権を行使しなければなりません。
ただ、通常は受託者としてではなく、「家族」という立場で入院手続きや施設入所手続き行なうことができることが多いでしょうから、実際には親族である受託者が「家族」として身上監護権も行使できるケースは多いと思われます。
注意点4:税務処理が増える
例えば、賃貸マンションを信託した場合、そこから年間3万円以上の収入がある場合は、信託計算書や信託計算書合計表を税務署に提出しなければなりません。また、不動産所得用の明細書の他に信託財産に関する明細書を別途作成して添付しなければなりません。
これらの税務処理は増えますが、かかりつけの税理士が元々おられるのであれば、特に負担は変わらないと思われます。
注意点5:専門家への報酬が高額になりがち
お客様の最も関心が高い点が、この手続き費用ではないでしょうか。
家族信託の手続きは、非常に綿密な打ち合わせとその家族に合った信託契約書を作成しなければならず、すべての案件がオーダーメイドになるとお伝えしました。その名の通り、専門家側もいつもと同じ様式で行なうことは当然できませんし、通常の業務よりも責任は一層重いものとなります。さらに、この家族信託は長期に渡って効力が続く性質上、どうしても要所要所で専門家のサポートが必要となってきます。それらのことを考慮すると、一般的な業務よりも費用は高額になります。
案件に応じて、難易度も手続きの量も全く異なるため、安易に本書において目安となる費用を提示すべきでないと考えています。ただ、私の知る範囲で各事務所がどのような報酬規程を定めているかというと、例えば「財産額の〇%」や「信託契約書作成30万円~」「所有権移転及び信託の登記申請10万円~」のように定めているケースが多いかと思います。
当事務所での、「報酬部分だけ」をお伝えしますと「信託契約書作成」と「所有権移転及び信託の登記申請」併せて、30万~70万円(税抜)(※)に収まる事例が多いですが、100万円を信託するのと10億円信託するのでは、当然費用が違うわけで、地域によって不動産の価値も違いますし、どれほどの資産を信託するかによって全く費用が変わります。場合によっては、自社株を信託する前提として商業登記を行なう必要があるケースもありますので、報酬については一概にいえないことはご理解いただきたいと思います。
(※信託契約書を公正証書にする場合は、公証人に支払う費用が別途かかります。登記申請に際に必要となる登録免許税が別途かかります。(いずれの費用も信託財産の価格に応じて変動します。))
注意点6:家族信託を得意とする専門家が少ない
繰り返しになりますが、この家族信託は専門家の中でも経験したことのない方がまだまだ多いのが現状ですので、特に地方にお住いの方は、家族信託に対応できる専門家を探すところから苦労するかもしれません。法務・税務の両面からサポートしてくれる複数の専門家に依頼されるのがベターかと思います。
【家族信託】信託終了事由である「委託者兼受益者の死亡」の発生による所有権移転及び信託登記抹消〈申請書と登記原因証明情報〉
過去に当事務所が組成に関与した家族信託の案件がありまして、この度信託終了事由(死亡)の発生により信託終了に伴う所有権移転及び信託登記抹消登記を行いました。それほど頻繫にあるものではないので、自身の備忘録としてブログ記事にします。
組成した信託は以下のような形でした。※ABCは直系血族です。
委託者兼受益者 A(祖母)
受託者 B(母)
信託終了事由 Aの死亡【※その他の事由は省略】
帰属権利者 C(子)
※本件信託に係る委託者の地位及び権利は、相続により承継せず、受益者の地位と共に移動するものとする旨の定めあり。
Aが死亡したため、以下3件の登記を申請しました。
①受益者変更登記「A→Cへの変更」
②委託者変更登記「A→Cへの変更」
③所有権移転及び信託登記抹消「B→Cへの所有権移転」
いきなり③の所有権移転及び信託登記抹消をしたいところですが、信託終了事由の発生後に時間的間隔がなく信託が消滅するのではなく、会社の清算と同じように、信託も清算の期間(信託法175 条(清算の開始原因))があって、清算が終わったら消滅するので、その間の沿革を登記上に表現するために①②が入ります。
実際に使用した申請書と登記原因証明情報は以下のとおりです。
(※信託契約の内容により行う登記はケースバイケースであり、さらに、登記官の判断により行うべき登記は異なりますので、ブログ記事に関するご質問には回答しかねます。参考にされる場合は、自己責任お願いします。)
①受益者変更登記「A→Cへの変更」の申請書、登記原因証明情報兼信託目録に記録すべき情報
【申請書】
登記の目的 受益者変更
原因 令和年月日死亡
変更後の事項 受益者 C
申請人 (受託者)B
添付情報 登記原因証明情報兼信託目録に記録すべき情報 代理権限証書
令和年月日申請 ○○法務局 御中
登録免許税 1物件につき1,000円
不動産の表示(省略)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【登記原因証明情報兼信託目録に記録すべき情報】
令和年月日
〇〇法務局 御中
1 登記申請情報の要項(信託目録に記録すべき情報)
(1)登記の目的 受益者変更
(2)登記の原因 令和年月日死亡
(3)変更後の事項 受益者 C
(4)申 請 人 (受託者)B
(5)不動産の表示 省略
2 登記の原因となる事実又は法律行為
(1)信託契約の締結
受託者 B(以下「甲」という)と委託者 A(以下「乙」という)は、令和年月日、受益者を乙とする不動産管理処分信託契約を締結し、登記を経由した(令和年月日受付第号)。
(2)受益者乙の死亡
令和年月日、受益者乙が死亡した。
(3)不動産管理処分信託契約において、信託終了事由として「乙の死亡」の定め及びC(以下「丙」という)を帰属権利者とする定めがある。
(4)信託法の定め
信託法第183条第6項において、帰属権利者は、信託の清算中は、受益者とみなす旨の定めがある。
(5)受益権の移転
よって、本件受益権は、令和年月日、乙から丙に移転した。
上記の登記原因のとおり相違ありません。
(新受益権者) C ㊞
(受託者) B ㊞
②委託者変更登記「A→Cへの変更」の申請書、登記原因証明情報兼信託目録に記録すべき情報
【申請書】
登記の目的 委託者変更
原因 令和年月日変更
変更後の事項 委託者 C
申請人 (受託者)B
添付情報 登記原因証明情報兼信託目録に記録すべき情報 代理権限証書
令和年月日申請 松山地方法務局 御中
登録免許税 1物件につき1,000円
不動産の表示(省略)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【登記原因証明情報兼信託目録に記録すべき情報】
令和年月日
〇〇法務局 御中
1 登記申請情報の要項(信託目録に記録すべき情報)
(1)登記の目的 委託者変更
(2)登記の原因 令和年月日変更
(3)変更後の事項 委託者 C
(4)当 事 者 受託者 B
(5)不動産の表示(省略)
2 登記の原因となる事実又は法律行為
(1)信託契約の締結
B(受託者)と(委託者・当初受益者 A(以下「乙」という))は、本件不動産について、不動産管理処分信託契約を締結し、令和年月日受付第号でその登記を経由した。
(2)受益者乙の死亡
令和年月日、受益者乙が死亡した。
(3)不動産管理処分信託契約において、信託終了事由として「乙の死亡」の定め及びC(以下「丙」という)を帰属権利者とする定めがある。
(4)信託法の定め
信託法第183条第6項において、帰属権利者は、信託の清算中は、受益者とみなす旨の定めがある。
(5)受益権の移転
よって、本件受益権は、令和年月日、乙から丙に移転した。
(6)委任者の地位の移転
ところで、本件不動産管理処分信託契約の信託条項には、「本信託に係る委託者の地位及び権利は、相続により承継せず、受益者の地位と共に移動するものとする。」旨の条項があることから、令和年月日、当該信託条項によって、委託者の地位は乙から丙に移った。
上記の登記原因のとおり相違ありません。
(新委託者)C ㊞
(受託者) B ㊞
③所有権移転及び信託登記抹消「B→Cへの所有権移転」の申請書、登記原因証明情報
【申請書】
登記の目的 所有権移転及び信託登記抹消
原因 所有権移転 令和年月日信託財産引継
信託登記抹消 信託財産引継
権利者 C
義務者 (信託登記申請人)B
添付情報 登記原因証明情報 登記識別情報 印鑑証明書 住所証明書 代理権限証明書
令和年月日申請 〇〇法務局 御中
課税価格 金万円
登録免許税 移転分 金円(権利者が相続人以外であったため1,000分の20)
信託登記抹消分 金円(1物件につき1,000円)
不動産の表示(省略)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【登記原因証明情報】
令和年月日
〇〇法務局 御中
1 登記申請情報の要項
(1)登記の目的 所有権移転及び信託登記抹消
(2)登記の原因 所有権移転 令和年月日信託財産引継
信託登記抹消 信託財産引継
(3)当 事 者 権利者(受益者)C
義務者(受託者)B
(4)不動産及び信託目録の表示(省略)
2 登記の原因となる事実又は法律行為
(1)B(受託者)(以下「乙」という)とA(当初委託者・当初受益者)は、本件不動産について、不動産管理処分信託契約を締結し、令和年月日受付第号でその登記を経由した。
(2)本件不動産管理処分信託契約において、信託終了事由として「Aの死亡」の定め及びC(以下「甲」という)を帰属権利者とする定めがある。
(3)令和年月日、Aが死亡した。
(4)よって、本件不動産の所有権は、信託契約の規定に基づき、受託者たる乙から甲へ令和年月日信託財産引継を原因として移転した。
上記の登記原因のとおり相違ありません。
(権利者)C ㊞
(義務者)B ㊞
――――――――――――――――――――――――――――――――――
以上の内容で無事登記完了しました。
ちなみに、登記原因証明情報の押印はいずれの登記もBのみでよいと考えますが、Cにも複雑な法律関係を確認してほしかったので、意思確認の意味も込めてBC双方に押印をいただきました。
本件登記対象の物件は収益物件であったため、登記完了後に、①今後はCの口座に入金するように賃借人にお願いすること。②A死後の家賃収入は、Cが確定申告しなければならないこと。③火災保険も名義もCに変更すること。の3点アドバイスさせていただきました。
そのほかにも、信託は司法書士としてアドバイスすべき点はたくさんありますね。神経すり減らす仕事ですが、やりがいもある仕事でした!ありがとうございました!!
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各専門家との面談
⇩
信託契約書案の作成
⇩
当事者全員の合意
⇩
信託契約の締結(家族信託の開始)
⇩
信託口座の開設(金銭の管理が必要な場合)
⇩
所有権移転及び信託の登記(不動産がある場合)
実際には、非常に綿密な打ち合わせとその家族に合った信託契約書を作成しなければなりませんので、すべての案件がオーダーメイドとなります。オーダーメイドであるのは、遺言やその他の手続きについても同じことがいえますが、この家族信託については特に難易度が高く、また自由度も高い傾向があります。実務書やインターネット上にある定型の契約書そのままのものでは到底対応できません。
さらに、判例が少ないという点もあり、トラブルが発生しないように十分注意して内容を精査しなければなりません。契約当初は問題がないように見えても、10年後にいざ信託の内容が変更になったり、信託が終了したりする場面になって思わぬトラブルが発生する可能性があります。
深く検討せずに家族信託を行なってしまうと、思わぬ不都合や税金が発生することがありますので、家族信託に強い専門家に依頼することをオススメします。この家族信託は専門家の中でも経験したことのない方がまだまだ多いのが現状ですので、専門家に依頼する場合は、家族信託の実務経験があるかどうかを聞いてから依頼されるのも一つの手ではないかと思います。
家族信託においては、一番重要なポイントとなるのが「受託者」を誰にするかという点です。受託者は、受益者のために存在しますので、まずは適切に管理・処分を行なうことができる人物なのかどうかを見極める必要があります。ちなみに、受託者が管理している財産を自分のために使い込んでしまったら、もちろん契約違反ですし、場合によっては業務上横領罪となります。
委託者・受託者・受益者を決めることの他に、想定しておかなければならないことがたくさんあります。
その中でも特にポイントになるのは、以下の3点です。
1.誰かが死亡した場合はどうするか?
2.どういう場合に信託を終了させるか?
3.信託が終了した場合の財産の行き先はどうするか?
例えば、管理している受託者が死亡した場合は、その後管理する人がいないわけですから、あらかじめ次の受託者となる人を決めておくことが望まれます。しかし、家族関係や事情によっては受託者の死亡により信託を終了させた方がいい場合もあるかもしれないため検討が必要です。
受益者が死亡した場合はどうでしょうか。受託者は受益者のために管理等を行なうわけですが、あらかじめ「受益者Aが死亡したら、次は受益者Bのために管理してください」という内容を契約書で定めておくことができます(これを「第二次受益者」といいます)。実は、ここに家族信託の凄さがあります。
例えば、先ほどの例のように甲野花子が所有している毎月100万円の家賃収入が得られる賃貸マンションがあり、それについて甲野一郎を受託者として信託したとします。
花子が生きている内は、一郎が管理して、その100万円を花子のために管理するようになりますが、もし母が死亡した場合には、障がいを持った二郎を次の受益者と設定しておくのです。そうすることにより、一郎は花子の死亡後、障がい者である二郎のためにマンションを維持管理し、収益は二郎のために管理することができるのです。それでは受託者の一郎はずっとタダ働きかというとそうではなく、先述のとおり、当初の信託契約の中で受託者報酬を定めておくことも可能です。受託者は大変な役割・責任を負いますので、「受託者の報酬は月3万円とする。」のように設定してあげると、任される一郎も気持ちよく引き受けてくれるかもしれません。
その他、受益者の一切の手続きを代理する「受益者代理人」や、受託者が適切に管理・処分をしているか監督する「受託者監督人」を定めて、より確実に家族信託を行なうことができる仕組みにすることができます。こういった様々な点も検討しなければならないため、専門家が契約書の作成段階から関わってしっかりとした家族信託に組み上げることをオススメいたします。
家族信託と遺言・生前贈与・後見制度との違い
a)遺言との違い
家族信託と遺言の一番大きな違いとして、遺言は「死亡してから効力が発生する」という点があげられます。家族信託は、契約した時点ですぐに効力が発生します。
例えば、花子が一郎に自宅を相続させる旨の遺言を書いた場合と、信託した場合ではどのような違いがあるでしょうか。
遺言の場合は、花子が死亡するまではずっと花子名義のままであり、死亡すれば一郎に所有権が移転することになります。この点については、家族信託にも同じ効果をもたせることができます(※)。
しかし、花子の存命中に認知症が発症した場合は全く違った結果になります。遺言の場合は、自宅はあくまで花子が死亡するまでは花子の所有であるため、売却することはできません。家族信託であれば、自宅の所有権の名義人は一郎になっていますので、一郎は「母のために」適切な時期に売却することができます。そして、その売却費用は、花子の老後の資金や施設の入居費用にあてることができるのです。
※花子の死亡を原因として信託終了し、最終的な自宅の権利帰属者として一郎と定めて契約しておくことによって、遺言と同じ効果を持たせることができます。
b)生前贈与との違い
家族信託と生前贈与の一番大きな違いとして、生前贈与は「完全に自分のものでなくなる」という点があげられます。家族信託においては、あくまで一郎に管理・処分を任せているだけなので、名義は一郎であっても、実質的な所有者は花子です。
さらに、生前贈与であれば一郎に対して贈与税・不動産取得税・登録免許税といった税金がかかりますが、家族信託であれば贈与税・不動産取得税が非課税、登録免許税は生前贈与の税率と比べて5分の1で所有権移転できます。
花子が認知症になった場合については、家族信託であれば前述のとおりですが、生前贈与については完全に一郎の所有となるため、花子が認知症になることを想定する意味がありません。一郎は、生前贈与された時点で自由に管理・処分することができ、売却することによって得たお金は当然一郎のものとなります。
c)後見制度との違い
家族信託と成年後見制度(法定後見・任意後見※)は、認知症や障がい者等の判断能力が低下した「本人のため」に財産を管理することができるという点ではどちらも同じ機能を有しています。
大きな違いとして、成年後見制度は家庭裁判所の監督下に置かれるため、毎年家庭裁判所に報告義務があることや、財産を積極的に運用することはできないことが挙げられます。後見制度においては、本人の資産が減る可能性のある投資信託もすることはできませんし、相続対策を行なうこともできません。さらに、本人の自宅を売却する際には家庭裁判所の許可を得なければ売却できないルールとなっています。
家族信託は、委託者と受託者との自由な契約によって開始されるため、家庭裁判所の監視下に置かれることはなく、相続対策を含めた積極的な運用を行なうこともできます。また、後見制度は原則として本人のために財産を使うことしか許されませんが、家族信託では、契約内容を工夫することによって、配偶者や子供等、自分以外のためにも財産を利用することができる点も大きな違いです。
家族信託なら状況が変わっても管理し続けることができる!
家族信託と他の制度の比較を行なうと、次の図のように、たとえ本人(委託者)が認知症になったり、死亡したりして状況が変わったとしても管理を任されている受託者は何ら変わらずに「受益者のために」管理を続けていくことができます。
つまり、信託した財産については、代理契約と後見制度と遺言の効果をすべて兼ね備えていることになるのです。
家族信託を活用したいケース ~遺言・生前贈与・成年後見との違いを解説~
以下の家族信託の事例では、委託者:母 甲野花子 受託者:長男 甲野一郎 受益者:母 甲野花子である前提で解説します。
家族信託を活用したいケース
家族信託は、実はかなり複雑に設計することもでき、難解な点が多々あるため、今回は一番利用されている2つのケースをご紹介したいと思います。
認知症対策としての家族信託
例えば、実家を所有している甲野花子が認知症になってしまうと、印鑑や通帳を管理している一郎がいくら花子のために実家を売ろうとしても、売ることができません。花子が死亡してからでなければ売ることはできないのです。よって、認知症発症後については、必然的に花子の死亡後に相続による所有権移転登記(名義変更)をしなければならなくなります。
意外に知られていないことですが、不動産の名義人が死者である状態から直接買主に所有権移転登記(名義変更)ができず、必ず一度相続人の名義にしなければなりません。これは不動産登記法上、ショートカットできないルールになっているから仕方がありません。つまり、母が認知症になってしまってからでは、たとえ実家を買いたいという人が現れたとしても、母が亡くなるまで売れないし、さらに相続手続きを回避することはできなくなります。相続手続きは時間もかかるし、専門家費用もかかるし、大変ですので「母が元気なときからしっかり対策しておけばよかった」と頭を抱える方が数多くいます。
また、近年では金融機関窓口において、本人の代わりに預金が引き出せないことが社会問題になってきました。以前は金融機関も柔軟な対応をしていたこともありますが、個人情報保護法等の法令遵守が厳しくなり、預貯金の名義人本人でなければ払い戻しができません。キャッシュカードで引き出すことはできても、定期預金等の窓口対応が必要なときに、「認知症の母の代わりに来ました」は、当然通用しません。
このような「母のために、母の預貯金を使いたいのに・・・」というニーズにも、家族信託は対応できます。例えば、母と娘で信託契約を締結し、娘名義の信託口座を作成し、その信託口座の中に母の預貯金を移しておくのです。こうすることによって、母が認知症になったとしても、母のお金を、母のために、娘が使うことができるようになるのです。
さらに、家族信託は、事業承継の場面においても大きな力を発揮します。自社株を後継者に信託しておくことによって、株主としての議決権行使を任せることができ、もし後になって後継者が気に入らなければ、自分の意思だけで株式を取り返すこともできます。通常であれば、自社株を「自分で持っておく」or「後継者にあげる」の2択であるところが、贈与税をかけることなくその中間が取れるようになるのです。
具体的なリスクは、次の通りです。
・母の介護施設入所のための費用にあてようと思っていたのに、実家が売れない。
・母の死亡後の相続手続きした後でなければ実家が売れないため、売り時を逃してしまう。
・実家の管理や修繕を行なうことができない。
・法的手続きが取れないことから問題が発生する場合がある。
・認知症になった母の預貯金から、母のためにお金を使いたいのに、払戻しができない。
・認知症になった経営者(株主)が、議決権を行使できない。(株主総会において決議できない。)
(※なお、預貯金については、基本的にどの金融機関にも債権譲渡禁止特約がありますので、信託契約書の中では「預貯金」とは記載せずに、「現金」と記載するのが一般的です。)
収益不動産の管理・修繕についての家族信託
例えば、月に100万円の賃料が入る賃貸マンションを所有している甲野花子が認知症になると、賃貸マンションの売却はおろか、新規の入居希望者がいても入居させることができませんし、管理・修繕を行なうことはできません。繰り返しになりますが、認知症になってしまうと「契約」ができなくなるため、売買契約・賃貸借契約等のあらゆる行為ができなくなって財産凍結状態となります。認知症のリスクとしては先ほどの事例と同じですが、たとえ認知症でなくとも、賃貸マンションの管理を行なうことはご高齢になった方にとってかなりの負担があります。
具体的なリスクは、次の通りです。
・新規の入居希望者が現れたのに、契約ができないため入居させることができない。
・入居者や利害関係のある人に対する法的手続きができないことから入居者等に十分な対応ができない。
・賃貸マンションの管理や修繕を行なうことができない。
・花子の介護施設入所のための費用にあてようと思っていたのに、賃貸マンションが売れない。
・認知症にはなっていないが、体力が衰えてきたので十分な管理ができない。
・家賃の入金口座から、預貯金の払い戻しができない。
上記のようなリスクを回避するためには、甲野花子が元気なうちに次のように信託契約をしておくことをオススメします。
委託者(所有者):甲野花子
受託者(任される人):甲野一郎
受益者(信託による利益を受ける人):甲野花子
こうしておくことにより、万が一、花子が認知症になって介護施設に入所することになっても一郎が実家を管理することができますし、売却して介護施設の費用にあてることもできます。さらに、管理が大変な賃貸マンションについても一郎に任せることができて、その100万円の賃料は花子のために管理することになります。管理してくれる一郎には受託者報酬として、例えば「月3万円」と報酬を定めておくことができます(無報酬とすることも可能です)。
また、花子が死亡したとしても、所有権の登記名義は「受託者 甲野一郎」になっているため相続手続きを行う必要はありません。花子が死亡した場合は、「引き続き一郎が、二郎のために管理し続ける」のか、「信託を終了させて、完全に一郎の所有とする」のかは、あらかじめ信託契約で定めた通りに手続きが進みます。
家族信託は、大まかに分けて①信託契約書の作成、②信託口座の作成、③信託の登記、④信託の税務の4つの手続きがありますので、各専門家に信託チームを組んでもらって一緒に進めていくのがよいでしょう。
なお、一般的に契約書作成は、司法書士・行政書士・弁護士のいずれかが作成し、登記は司法書士、税務は税理士が担当します。信託口座の作成については、現在は作成できない金融機関がまだまだ多く、中には各事案によって審議して信託口座を認めるかどうかを決める金融機関もあります。例えば、信託契約書を公正証書で作成していることを条件に信託口座の開設を認める場合もあります。
注意していただきたいのは、単に受託者が「屋号」として名目だけの信託口座を作るだけでは十分ではありません。どういうことかというと、信託したお金というのは、委託者のものでもなく、受託者のものでもなく、あくまで「受益者のために」受託者が管理している口座ですので、例えば、受託者が死亡した場合に、「信託口座」と「受託者本人の普通口座」が一緒に相続手続きが行なわれては困るのです。
つまり、金融機関内部のシステム上で、信託口座については取り扱いを異にするシステムになっていなければなりません。もっと別の言い方をすると、委託者や受託者が破産しそうな場合でも、委託者と受託者の債権者は信託口座を差し押さえることができません。なぜなら、その信託口座の中にあるお金は、委託者のものでもなく、受託者のものでもなく、「受益者」のものだからです。これを「倒産隔離機能」(※)といいます。
ただし、受益者が破産しそうな場合は、受益者の債権者は受益権を差し押さえることができますので、今回紹介するような「委託者=受益者」の場合は、委託者にとっては実質的な倒産隔離機能はないといえます。
※この倒産隔離機能を悪用した場合は、差し押さえが認められます。例えば、債権者を害する意図で計画的に信託を利用した場合等。
信託の難しい話はいくらでもできますが、このあたりで止めておきます(笑)
次回は家族信託の手続きの流れについて解説いたします。
今テレビや新聞で話題の「家族信託」について易しく解説!
家族信託(民事信託)とは?
家族信託とは、ひと言でいうと「自分の財産の管理・処分を家族に任せること」をいいます。いわば、「家族の家族による家族のための信託(財産管理)」と言えます。正式には、「民事信託」といいますが、テレビや新聞で取り上げられる際に多く用いられた言葉が「家族信託」であったため、こちらの言葉が一般的になりつつあります。
「信託って、投資信託のこと?」と思われる方がほとんどですが、仕組みは同じでもイメージは全く異なります。投資信託のように資産運用の「プロ」にお金を預けるのは商事信託といい、「プロではない家族」に資産を預けることを民事(家族)信託といいます。 家族に預けるので、報酬なしとすることができます(報酬を定めることもできます)。特に、管理が継続的に必要な不動産や売却が必要な不動産をお持ちである方には大きなメリットがあるでしょう。
それでは、家族信託の仕組みを解説いたします。
家族信託は、委託者・受託者・受益者の3者で成り立っています。委託者(財産を持っている人)が、受託者(信頼する人)に財産を託します。受託者は受益者(財産から利益を得る人)のために、財産の管理・運用・処分を行います。家族信託の最大の特徴は、委託者から受託者に所有権が移転するところにあります。
・委託者=当初の財産を所有している人
委託者は、託したい財産を信託財産として受託者に託します。今後の財産の管理・処分に不安があり、信頼できる人に財産を託したい人が、家族信託を行なう際に「委託者」となります。
・受託者=信託財産を管理・運用・処分をする人
受託者は、委託者との信託契約に従って管理・運用・処分をします。信託事務を行なうこと、自分の財産と分別して管理すること、帳簿作成・報告等の義務が生じます。受託者は、ご家族の中でもしっかりと財産管理ができ、委託者の想いを理解して、長期にわたって財産管理ができる人が望まれます。なお、受託者になる人は、信頼できる人なら家族でなければならないわけではありません。
・受益者=利益を得る権利を持つ人
受益者は、受託者が行なう財産の管理・運用・処分で生じる利益を得ることができる人のことです。例えば、高齢者、認知症の配偶者、障がいを持つ子等が受益者となることが多いでしょう。
また、この他にも必要に応じて、信託監督人(受益者のために受託者を監督する者)や受益者代理人(受益者のために受益者の権利を行使する者)等を定めることができます。
なお、委託者と受益者が同一人物である信託のことを「自益信託」といいますが、実務ではほとんどこの自益信託が活用されていますので、今回は自益信託を主に解説いたします。
「母が認知症で実家が売れない!!」
このような相談を受けることがよくあります。ご高齢になると、認知症になったり、病気になったりして介護費用や入院費用がかさむため、「認知症の母が持っている不動産を売って、母ための費用に充てたい」とのご相談をいただくことがありますが、それはできません。母のためだからといっても、あくまでも母のものですから、代わりに手続きをしようとしても「母の」意思が確認できないのなら売却できません。
想像してみてください。自分名義の不動産が、自分の知らないうちに勝手に売却されていたらどうですか?当たり前ですが、立派な犯罪です。法的にそのようなことはしてはいけないことになっています。
それでも、「私は母を介護していて、印鑑も通帳もすべて管理しているのよ!」という声が聞こえてきそうです。何とかして不動産を売却しようとしても、実際の不動産取引では我々司法書士がストップをかけることになります。不動産を売却するということは、不動産の名義変更(これを正式には「登記」といいます)をする必要がありますが、登記のプロである司法書士は、取引の安全のために、必ず売主の本人確認と意思確認を行ないます。このときに売主本人である母が認知症で意思確認ができないとなると、取引中止になるのです。
このような事態にならないように、元気なうちに「もし自分が認知症になったら、自分の代わりに不動産を売却して施設の入居費用にあてる」ことを子どもに信託しておくのです。信託契約書で、将来その約束を確実に実行させていくことを取り決めし、不動産の所有権を受託者である子どもに移しておきます。
するとどうなるか?
司法書士は、母(委託者)についての本人確認と意思確認は不要となり、子ども(受託者)の本人確認と意思確認を行なうだけでよくなりますので、問題なく売却することができるようになります。ちなみに、受託者が受け取る売却代金は、受託者が管理しますが、これも母のために使うものですし、売却時に発生する税金もその中から支払います。「母のため」の家族信託ですから、当然そのように手続きすることになります。
このケースでは、受託者は子どもにしていますが、子どもだけでなく、配偶者・甥姪・法人が受託者になることも可能です。とにかく信頼できる受託者にお願いすることが重要です。
家族信託のその他の代表的なメリット
家族信託(ここでは自益信託)には、財産の管理・処分以外にも次のようなメリットがあります。
1.贈与税・不動産取得税が課せられることなく、財産の所有権を移転して家族に管理・処分を任せることができます。
例えば、通常の贈与によって子どもに財産を移すと、贈与税と不動産取得税がかかってしまいますが、家族信託であれば非課税となります。さらに、登記に際に支払う登録免許税(印紙税)も通常の5分の1で所有権移転登記を行なうことができます。
2.高齢者となった親が詐欺の被害に遭うことがなくなります。信託した財産については、親に契約する権限がなくなるため、詐欺にあう心配がありません。
3.信託した財産の受益者を数世代に渡って指定することができます。当初の受益者が死亡したら次は孫に、その次は・・・というように、あらかじめ受益権の承継先を決めておくことができます。つまり、信託した財産については、遺言以上に財産承継の効果を持たせることができます。(※指定できる年数には制限があります。)
このように家族信託は、管理・処分だけの用途ではなく、遺言の代わりとなる機能も持ち合わせているため、相続の常識にとらわれない「想いに即した」資産承継・管理・処分を実現できます。家族の形が多様化している現代においては、この家族信託を用いることによって救われる方は多いはずです。
任意後見契約とセットで準備しておきたい5点セットとは?
前回に引き続き、任意後見に関する記事を書きます。
任意後見契約を行なうと決めたのであれば、是非ともセットで検討してほしいのが次の5つです。
任意後見契約
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(1)見守り契約
(2)公正証書遺言
(3)家族信託契約(民事信託契約)
(4)尊厳死宣言
(5)死後事務委任契約
(1)見守り契約
見守り契約とは、任意後見が始まるまでの間に、支援する人が定期的に本人と連絡を取ったり訪問したりすることにより、支援する人が本人の健康状態や生活状況を確認することによって、任意後見をスタートさせる時期を判断するための契約です。
任意後見契約だけを契約しても、いざ判断能力が落ちて、任意後見契約の効果をスタートさせたいときに、それを後見人が知らないのであれば契約した意味がありません。そこで任意後見契約とセットで見守り契約をすることにより、より安心して生活を送ることができます。
(2)公正証書遺言
(3)家族信託契約(民事信託契約)
公正証書遺言と家族信託契約は、相続対策・認知症対策において非常に有効な手段ですが、どちらも認知症になってしまっては、もはや行なうことができません。残念なことですが、どちらの手続きも、いざ認知症の疑いが出てきたときに、本人の親族が「今のうちに何か対策できることはないか?」と焦ってご相談に来られることが多いです。そうなってからではすでに遅い場合があるので、任意後見契約を検討されている方は、今まさに元気なときにセットで検討してみてはいかがでしょうか。
公正証書遺言については第2章で、家族信託については第7章で詳しく解説しておりますので、そちらをご覧ください。
(4)尊厳死宣言
「尊厳死」とは、回復の見込みのない末期状態の患者に対し、生命維持治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせることをいいます。「尊厳死宣言公正証書」とは、本人が自らの考えにより延命措置を控え、中止する宣言をし、公証人がこれを公正証書にするものです。
近年、過剰な延命治療を打ち切って、自然な死を望む人が多くなってきました。医療の進歩により、患者が植物状態になっても長年生きている例がきっかけとなり、単に延命を図る目的だけの治療が、果たして患者のためになっているのか、逆に患者を苦しめ、その尊厳を害しているのではないかという問題提起から、本人の意思を尊重するという考えが重視されるようになりました。そして、単なる死期の引き延ばしを止めることは許されるのではないかと考えられるようになったのです。
また、医師の視点からすると、延命措置をしないという判断をすることは医師として非常にリスクの高い行為であるため、延命措置を中断しない場合もあり得ます。そのため、医師の免責の観点からしても「尊厳死宣言公正証書」で作成されていることで、本人の尊厳死が守られることもあるのです。
なお、この尊厳死宣言公正証書は、日本公証人連合会の初調査で平成30年1~7月の7カ月間で978件も作成されていることがわかりました。これからさらに増えていくことが予想されます。
(5)死後事務委任契約
死後事務委任契約とは、主に葬儀や埋葬に関する事務を委託する契約のことです。
本人(委任者)が、受任者に対し、自己の死後の葬儀や埋葬に関する事務についての代理権を付与して、自己の死後の事務を委託する委任契約を「死後事務委任契約」といいます。
【死後事務の内容】
・医療費の支払いに関する事務
・家賃・地代・管理費等の支払いと敷金・保証金等の支払いに関する事務
・老人ホーム等の施設利用料の支払いと入居一時金等の受領に関する事務
・通夜、告別式、火葬、納骨、埋葬に関する事務
・菩提寺の選定、墓石建立に関する事務
・永代供養に関する事務
・相続財産管理人の選任申立手続に関する事務
・賃借建物明渡しに関する事務
・行政官庁等への諸届け事務
・以上の各事務に関する費用の支払い
最後の自己表現として葬儀の内容を具体的に指定したり、散骨を埋葬の方式として指定したりする場合には、遺言者が生前に遺される方々に対して希望をお伝えし、実際に葬送を行なうことになる人々との話し合いや準備をしておくことが大切です。
遺言では、遺言者の希望する葬儀が確実に行なわれるようにするために、祭祀の主宰者を指定することも必要になりますし、遺言執行者を指定して、その遺言執行者との死後事務委任契約を締結する方法も考えられます。
この任意後見契約プラス5点セットを準備しておくことによって、身上監護と財産管理を万全なものとした上で、死後の相続、相続財産の管理、または処分および祭祀の承継に紛争を生じないようにすることができます。何も6点全部を準備する必要はありません。ご自身に必要だと思うものを準備しておけばそれで十分ですので、まずは司法書士や弁護士をはじめとする相続の専門家に相談してみることをオススメします。
法定後見と任意後見の違い ~赤の他人に財産管理される可能性がある!?~
法定後見と任意後見の違い
(1)始まり方の違い
成年後見制度とは、認知症・知的障害・精神障害等の理由で判断能力がはっきりしなくなった方の代わりに財産管理をしたり、病院や介護施設の契約を結んだりして、本人の支援をする制度のことをいいます。
成年後見制度には、大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。この「法定後見制度」と「任意後見制度」の最も大きな違いは、始まり方にあります。
法定後見は、現時点で実際に物忘れが酷かったり、判断能力が低下していたりすることにより、契約や財産管理ができない場合、家庭裁判所に申し立てることによってスタートします。そのときに後見人に選ばれる候補者を立てることはできますが、原則として裁判所が決定しますので、必ずしも親族が選ばれるとは限りません。財産管理等の難易度が高いと判断されると、専門職である司法書士や弁護士が選ばれることになります。
これに対して、任意後見は、将来もし判断能力が低下した場合には、誰を後見人にしてどのように任せるかをあらかじめ決めて、本人が選んだ将来後見人になる人と任意後見契約を締結します。そして、実際に判断能力が低下した時点で財産管理等がスタートするというものです。
・法定後見・・・すでに認知症や精神障害があって、今すぐ財産管理等が必要
・任意後見・・・今は元気だけど、将来もし認知症や精神障害になってしまった場合に備えて、財産管理等をしてくれる人を決めておきたい
逆にいうと、今元気な方は法定後見を利用することはできないし、すでに認知症等の方は任意後見を利用することはできません。任意後見契約は「契約」ですので、当然ながら契約するための判断能力がなくなってからでは、利用することができないのです。
ここが2つの制度の1番大きな違いです。
法定後見と任意後見の利用者の割合については、法定後見が98.8%、任意後見が1.2%というデータがあります(※)。これは一体どういう世情を映しているでしょうか。
それは、法定後見の多くは、実際に本人の家族が「預貯金が引き出せない」、「土地の売却ができない」、「遺産分割協議ができない」「介護施設の利用契約ができない」といった緊急の現実に直面し、必要に迫られてから法定後見制度を利用しているからです。
(※厚生労働省による平成29年末時点での調査結果に基づく)
現在日本は超高齢化社会に突入しているため、必要に迫られてこの制度の利用を開始される方は年々増え続けています。これに対して、1.2%しか利用されていない任意後見は、元気なうちに準備を始めなければならないため、現状での利用者はごく少数に留まっています。元気なうちに「もし自分が認知症になったら・・・」と、自主的に備える気持ちにはならないのでしょう。
しかし、知っている上で任意後見制度を利用しないというのならそれでもよいですが、「知っていたら利用したかったのに」という人が多いのは問題があります。これは私のような専門家が情報の周知徹底をできていないことも原因の1つだと反省しています。
話はそれましたが、任意後見はあらかじめ契約をすることにより認知症等に備えますが、実際に財産管理等がスタートするのは、実際に判断能力が低下してからです。本人と後見人になる契約をした方(以下、「任意後見受任者」といいます。)が裁判所に申し立てることによって始まります。つまり、任意後見受任者は、本人の判断能力が低下するまでは待機の状態です。もっといえば、亡くなるまで本人の判断能力が低下しないのであれば、何もせずに終わることもあり得るということです。
よって、任意後見の実際のスタートは、任意後見契約締結のときではなく、法定後見と同じように実際に判断能力が落ちてから裁判所への申し立てをして、審判が確定したときです。もっと具体的にいうと「任意後見監督人」といって、任意後見人がしっかり管理をしているかどうか監督する人を家庭裁判所が選任することによりスタートします。法定後見においては、監督人が就く場合と就かない場合がありますが、任意後見においては必ず監督人が就くという違いがあります。
(2)法定後見人と任意後見人の「権限」の違い
法定後見は、さらに3類型に分けられます。補助・保佐・後見の3つがあり、どの類型に当てはまるかどうかは、医師の医学的な判断を参考にするなどして、家庭裁判所が決定することになります。
各類型は、次のように判断能力に応じて分類されます。
後見・・・常に判断能力を欠いている方 重度
保佐・・・判断能力が著しく不十分な方 ⇕
補助・・・判断能力が不十分な方 軽度
本人の精神障害の度合いは「補助→保佐→後見」の順に、より重度になります。法定後見を利用される方の中でも、「認知症が重度のため、ほとんど自分で管理ができない方」から「単に金遣いが荒く、自分で管理できない方」まで様々であるため、3類型にわけてあるのです。
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後見 |
保佐 |
補助 |
対象となる方 |
判断能力が欠けているのが通常の状態の方 |
判断能力が 著しく不十分な方 |
判断能力が 不十分な方 |
申立てをすることが できる人 |
本人、配偶者、四親等内の親族、検察官など |
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成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)の同意が必要な行為 |
- |
民法13条1項所定の行為(注2)(注3)(注4) |
申立ての範囲内で家庭裁判所が審判で定める「特定の法律行為」(民法13条1項所定の行為の一部)(注1)(注2)(注4) |
取消しが可能な行為 |
日常生活に関する行為以外の行為 |
同上(注2)(注3)(注4) |
同上(注2)(注4) |
成年後見人等に与えられる代理権の範囲 |
財産に関するすべての法律行為 |
申立ての範囲内で家庭裁判所が審判で定める「特定の法律行為」(注1) |
同左(注1) |
制度を利用した場合の資格などの制限 |
医師、税理士等の資格や会社役員、公務員等の地位を失うなど (注5) |
医師、税理士等の資格や会社役員、公務員等の地位を失うなど |
- |
(注1) 本人以外の者の請求により、保佐人に代理権を与える審判をする場合、本人の同意が必要になります。補助開始の審判や補助人に同意権・代理権を与える審判をする場合も同じです。
(注2) 民法13条1項では、借金、訴訟行為、相続の承認・放棄、新築・改築・増築などの行為が挙げられています。
(注3) 家庭裁判所の審判により、民法13条1項所定の行為以外についても、同意権・取消権の範囲を広げることができます。
(注4) 日常生活に関する行為は除かれます。
(注5) 公職選挙法の改正により、選挙権の制限はありません。
※法務省ホームページより引用(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html#a2)
後見については、ちょっとした日用品購入等の「日常生活に関する行為」以外の行為については、後見人は取り消すことができます。例えば、高価な絵画を購入したり、車を買ったりする行為は、普通の人にとって「日常生活に関する行為」とはいえないため、後見人は取り消すことができます。このように後見人は、本人(「被後見人」といいます。)の権利を守るために、後出しで取り消す権限が与えられているのです。
後見と違い、保佐の場合は、法律で定められた範囲内で、特に重要な手続きのみ代理権や同意権の行使が可能な制度となっています。補助の場合は、もっと自由度が増して、特に重要な手続きの中から代理権や同意権の範囲を選択することが可能です。
なぜなら、本人(それぞれ「被保佐人」・「被補助人」といいます。)は、被後見人と違って、常に判断能力を欠いている状態ではないため、一部の重要な手続きのみ支援してあげるだけで十分だからです。
※特に重要な手続きとは、借金、訴訟行為、相続の承認・放棄、新築・改築・増築等の行為をいいます。
法定後見は、本人の財産を守るための制度であるため、本人の資産が減少する可能性のあることは原則として行なうことはできません。それはつまり、法定後見は、本人のためになることしか行なうことができないということです。「そんなことはあたり前だ」と思われるかもしれませんが、ここが意外と法定後見制度の急所となる問題です。
例えば、親族から、「相続税対策をして欲しい」「保険契約をしてほしい」「孫に住宅資金の贈与をしてほしい」と頼まれたとします。たとえ、本人の判断能力がしっかりしているときにそのような口約束をしていたとしても、本人の判断能力が低下してしまった今、もはや本人が本当にそれを望んでいるのかについては確認ができません。
これらの行為は、親族の利益にはなりますが、客観的には本人の財産を減らす行為となるため原則として行なうことができません。
また、積極的な資産運用や投機的な行為も同じです。資産運用は、資産が上昇すればもちろん本人のためになりますが、100%上手くいく保証などありません。実際に財産が増加するかどうかではなく、本人の財産が減少する可能性のある行為をすること自体に問題があるのです。
法定後見は、あくまでも本人の財産を「守る」ことが求められており、積極的に「増やす」ことは求められていないのです。
これに対し、任意後見は「契約」ですので、お互いの合意で任意後見人の権限をどのような内容にすることも可能です。 つまり、自分の元気なうちに、自分が必要だと思うことを契約によって決めておくことができ、具体的に管理してほしい財産や、自宅の売ることになった際の希望等を、決めておくこともできます。
このように後見人の権限を自由に「カスタマイズ」することができることが、任意後見最大のメリットといえます。任意後見は、誰を後見人にし、どういった代理権を与え、どのように財産を管理するのかを、判断能力がハッキリしている本人自身が自由に決めることができるのです。
任意後見においては、法定後見とは異なり、任意後見契約書に記載されていれば、それは紛れもなく本人の意思であるため、「相続税対策」「積極的な資産の運用」「贈与」等も任意後見人が行なうことも不可能ではありません。
例えば、法定後見であれば、自宅の売却をするときには家庭裁判所の許可を得なければ売却することはできませんが、任意後見においては、自宅の売却が可能である旨を定めておくと任意後見人は裁判所の得ることなく売却することができます。
ただし、あくまでも本人の財産を、任意後見人が管理処分するということには変わりありませんので、本人が任意後見契約の意味を十分に理解し、親族の思惑で契約させられないように注意しなければなりません。本人の契約意思が慎重され、本人の権利が不当に害されないかをしっかり確認して行なう必要があります。そのためには、本人の資産が減少する可能性のある行為については、無制限に任意後見人の判断で代理できないように、時期・条件・金額・期限・理由等をしっかり記載し、誰が見てもわかるように客観的な判断基準や制限を記載しておくべきでしょう。また、一定の代理行為については、任意後見監督人の同意を要するようにしておく等の工夫が求められます。
(3)任意後見のデメリットとは?
いいことばかりのように聞こえる任意後見ですが、デメリットもあります。
デメリットは、主に次の3点があげられます。
① 取消権がない
② 契約で定めていないことは、代理権がない
③ 公正証書によって作成しなければならない
①は、法定後見に比べて、大きなデメリットといえます。判断能力の低下した本人が不利な契約をしたり、騙されて不要な物を買わされたりしたら、法定後見の場合は取消すことができますが、任意後見の場合はその契約を取り消すことができません。取消しするには、一般の方と同じように最終的には裁判所に訴える形で、契約する判断能力がなかったことをわざわざ立証して取消しすることになります。
よって、任意後見を利用していて、もし本人が認知症や精神疾患の症状で不必要な契約を行なう傾向が見られる場合は、任意後見から法定後見へ移行することを検討した方がいいでしょう。
②は、メリットと表裏一体です。契約の内容を自分でカスタマイズするという事は、逆にいうと、契約で決めていないことについては、任意後見人は手を付けることができないということになります。したがって、認知症になったあとに「権限を変更したい」「契約の内容変更したい」と思っても後の祭りです。
ただし、想定していないことが起こってしまい任意後見では不都合が生じたときには、任意後見から法定後見へ移行することもできるため、取り上げるほどのデメリットにはならないかもしれません。
③任意後見契約書は、公正証書によって作成しなければならないことになっています。公正証書にすることは、一応手間がかかるため、あえてデメリットに挙げました。
任意後見契約を公正証書にするためには、公証役場にて以下の費用がかかります。
【公証役場の手数料】
1契約につき1万1000円、それに証書の枚数が法務省令で定める枚数の計算方法により4枚を超えるときは、超える1枚ごとに250円が加算されます。
【法務局に納める印紙代】
2,600円
【法務局への登記嘱託料】
1,400円
【書留郵便料】
約540円
【正本謄本の作成手数料】
1枚250円×枚数
なお、任意後見契約と併せて、通常の委任契約をも締結する場合には、その委任契約について、さらに上記1が必要になり、委任契約が有償のときは、公証役場の手数料が増額される場合があります。また、受任者が複数になると(共同してのみ権限を行使できる場合は別として)、受任者の数だけ契約の数が増えることになり、その分だけ費用も増えることになります。(※費用については、日本公証人連合会ホームページより引用)
以上のようなデメリットもありますので、任意後見の利用を考える際には、将来的に起こり得るあらゆる状況を想定し、任意後見契約の内容を検討していく必要があります。
(4)任意後見にも3種類ある!
任意後見契約には「即効型」「将来型」「移行型」の3種類があり、本人の状況や希望によって選択することができます。
【即効型】・・・任意後見契約書の作成と同時に、任意後見が開始するタイプ。
すぐに財産管理等が必要な場合に有効であり、本人の判断能力が法定後見の「補助」程度に低下している場合には、この即効型を選択することができると考えられます。
この即効型は、契約締結時の本人の判断能力が低下している状態であるため、契約そのものが無効になったり、鑑定に時間を要したりするおそれがあることがデメリットといえます。
【移行型】・・・任意後見契約書の作成から、本人の判断能力が低下して任意後見契約が発効されるまでの間は、任意代理を行なうタイプ。
本人の判断能力はしっかりしているが、身体が不自由で思うように動けないため、日常のあらゆる手続き等を代理してほしい状態の方にオススメです。判断能力があるうちは、代理人に様々な手続きを代理してもらい、判断能力が低下した時点で任意後見契約が発効するため、判断能力が低下する前後の切れ目なく代理できることがメリットです。
実際に私が経験したのは、本人の判断能力はしっかりしているが、足が悪く、銀行の入出金や郵送物の受け取りは不可能なため、すべて姪にお願いしている状態の方でした。姪が本人の代わりに郵便局に郵便物を受け取りに行ったら「大事な書類ですので、本人でないとお渡しすることができません。」と断られ、何とか毎回事情を説明して受け取っていました。しかし、郵便物の受け取りがある度に毎回同じ説明をしなければならず、手続きが大変なため、郵便物の受け取りとなると気が滅入るばかりだったのです。そこで、私は移行型の任意後見契約をご提案し、本人と姪との間で移行型任意後見契約を締結しました。契約後は、受任者である姪が郵便物の受け取りや銀行の入出金など、問題なく本人の代わりに手続きを行なうことができたため、大変感謝されました。
このように、現時点で様々な手続きを代行している方にとっては、移行型任意後見契約によってすぐに効果があるので大変便利に感じられると思います。また、認知症となってしまった後も、引き続き任意後見人として代理を続けることができますので、双方にとってメリットのある制度です。
【将来型】・・・任意後見契約書の作成だけして、判断能力の低下に備えるタイプ。
この将来型においては、本人の判断能力が低下して任意後見契約が発効するまでの間は、移行型のように代理権を設定しないタイプです。よって、現状は頭も身体も元気で日常生活に問題はないが、もし認知症になったときに備えて後見人を決めておきたい方にオススメです。
ただし、この将来型の任意後見契約は、まさに将来のことであるため、予定している任意後見人と本人との関係が疎遠になったり、関係が悪化したりして、後見を開始できない可能性もあるのがデメリットといえます。
また、近くに住んでいない場合は、本人の判断能力が低下していても、それに気付かず、任意後見の開始が遅れてしまうおそれもあります。そのため、なるべく定期的に本人の状態を確認する契約(「見守り契約」といいます。)とセットで行なう等の工夫が必要です。
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