特に遺言を遺した方がいい人はこんな人(その2)

それでは、前回に引き続き、1つずつ解説していきます。

 

□ 夫婦の間に子供がいない

個人的にこれがNo.1です。

夫婦の間に子供がいない(両親もすでに他界している)となると、前述のとおり、配偶者だけではなく、兄弟姉妹も相続人となるため、非常にトラブルになるケースが多いです。つまり、夫婦の間に子供がいない場合、残された配偶者は、亡くなった配偶者の兄弟姉妹全員から実印押印・印鑑証明書をもらわないと土地の名義変更はおろか預金の引き出しすらできないのです(※2)。もしも、その兄弟姉妹が亡くなっている場合は、さらにその兄弟姉妹の子(甥・姪)全員から実印押印と印鑑証明書をもらう必要があります。これはあまりに酷であり、大変な労力を伴います。

 

今まで二人三脚で築き上げた財産を兄弟姉妹に分けないといけなくなるのは、不本意ではないでしょうか。しかし、場合によっては、夫の先代から受け継いできた土地や自社株式などの財産が、妻の親族にすべて相続されてしまうのは夫側の親族も不本意だろうと思います。それならそれで、夫の兄弟姉妹が承継していくべき財産はその意向通りに承継できるように遺言書を作成すべきです。このように、遺言書を作成しておくことによって多くの問題が解消されます。

 

このケースで遺言書を作成しておくべき理由は、もう1つあります。それは、兄弟姉妹には「遺留分がない」ということです。遺留分とは、たとえ遺言書があったとしても最低限度守られる相続分のことです(※3)。遺言によって相続する財産を少なくされた被相続人(※4)の配偶者・子・親には「ちょっと待った!」と言える権利保障されているのですが、兄弟姉妹には保障されていないのです。つまり、遺言書の内容が100%実現しますので、後で揉める可能性がありません。(※5)

 

(※2)預貯金制度の仮払い制度を利用すれば、遺産分割前でも一部預金を引き出すことができます。

(※3)遺留分の詳細については、後日解説します。

(※4)相続手続き行なう際に、財産を遺して亡くなった方のことを「被相続人」といいます。

(※5)認知症や精神障害等があり、意思能力がないのに無理やり書かされた遺言書は当然に無効です。

 

□ 離婚歴があり、前妻(前夫)との間に子供がいる

前妻との間に子供がおり、そして、後妻との間にも子供がいる場合、遺された子供は出会ったこともない腹違いの兄弟姉妹と遺産の分け方を話し合い、実印押印と印鑑証明書をもらわなければなりません。通常は、お互い住んでいる場所も本籍地も知らないため、司法書士等の専門家に依頼して戸籍や住所の調査を行なうことが多いです。

 

これは遺された子供にとっては大変な労力です。後妻とその子どもたちも大変な思いをしますが、逆に、前妻の子からすればいきなり遺産分割の法的書類が届くわけですから「今更なんだ!」と憤慨してしまうこともよくあります。無駄なトラブルを避けるためにも、遺言を遺しておくべきケースです。

 

 

□ 内縁関係(事実婚)である

現在の日本では多様な夫婦の形があり、内縁関係であっても判例上も多くの権利が認められてきておりますが、「相続」に関してはあくまで法律婚を重視し、内縁関係の方には相続権を認めておりません。(※例外としてアパートなどの賃借権については相続できます。)

 

私が実際に経験した案件で、内縁の夫 甲野太郎(仮)が死亡し、内縁の妻 乙野花子が「私のすべての財産を乙野花子ゆずる」とだけ書いてある甲野太郎の自筆証書遺言書を持って来られたことがありました(挿絵参照)。結論からいうと、この遺言は「有効」だけど「使えない」遺言書という結論になり、銀行口座の引き出しや土地建物の名義変更(登記)は一切手続きできませんでした。

 

なぜでしょう?

この遺言書には「ゆずる」という不適当な書き方(※)を含めて色々な不備がありましたが、一応法律上の要件を満たしているため、「有効」な遺言書でした。しかし、その遺言書を書いた人物ともらう人物の「特定」ができなかったのです。

 (※相続人でない人に、遺産を遺したい場合は「遺贈する」と書くのが適切です。)

 

どういうことかというと、例えば、1億円が入った甲野太郎名義の銀行口座があったとしても、銀行の立場からすれば、「この遺言書を書いた甲野太郎と、口座名義人 甲野太郎が同一人物であるかわからない」し、「遺言書に書いてある乙野花子が、今まさに窓口で1億円を引き出そうとしている乙野花子と同一人物からわからない」ということです。要は、同姓同名が他にもいるかもしれないから手続きできないのです。これは不動産の名義変更(登記)でも同じ理由で手続きできません。

 銀行の立場に立って考えてみてください。手書きのこの遺言書を持ってきた乙野花子に対して、皆さんは1億円払い戻しできますか?できないはずです。もし、この乙野花子の同姓同名の人物が別に現れたときは重大な責任問題となるからです。

 このケースでは、甲野太郎と乙野花子の本籍・住所・氏名・生年月日まで書いていれば問題なく手続きできたと思われますが、それはもう後の祭りです。(なお、仮に乙野花子が内縁関係ではなく、結婚して戸籍上「妻」と表示されていれば、常識的に妻に相続させる意図であろうという解釈で手続きできた可能性は高いと思われます。)

 

結論としては、遺産は内縁の妻には全く承継されず、甲野太郎の2人の子供にすべて相続されて、甲野太郎さんの想いは実現されませんでした。

 

このように、自筆証書遺言においては、不備が十分にあり得ますので、注意が必要です。この点においては自筆証書遺言の方式が緩和された改正後においても同じです。大切な方に財産を遺すためには、公正証書遺言を作成しておいた方が無難です。

 

 

□ 推定相続人(相続人になる予定の人)の中に認知症・知的障害者・行方不明の方がいる場合

相続人の中に認知症・知的障害者・行方不明(以下、「認知症等」という。)の方がおられる場合には、自分自身で意思表示が十分にできないため、そのままでは相続手続きを進めることはできません。まず、家庭裁判所に対して認知症等の方の代わりに財産管理を行なう成年後見人(※3)や不在者財産管理人(※4)(以下、成年後見人等という。)を選任するように申立てし、その選ばれた成年後見人等と共に遺産分割をしなければならないことになっています。なお、成年後見人等は本人の財産を守ることが仕事ですので、法定相続分の財産を受け取らなければ実印を押すことはありません。

 

一体どういうことなのか。事例で考えてみましょう。

相続人が配偶者と子供2人の場合で、遺産は1000万円の価値のある実家だけというケースで考えてみます。法定相続分は配偶者500万円、子供はそれぞれ250万円ずつです。

 

もし仮に、これが相続人全員元気な方であれば、「自宅は長男が相続する」と話がまとまれば、シンプルに長男は自分に名義を変えて、「他の相続人は何も受け取らない」という内容で終了する、ということも可能です。法定相続分が法律で決められていても、話し合いで自由に分けることができるため、他の相続人が「ゼロでもいいよ」というのならそれでよいからです。

しかし、事例のように認知症等の方がいる場合は話が違います。繰り返しになりますが、成年後見人等は本人の財産を守ることが仕事ですので、法定相続分の財産を受け取らなければ実印を押すことはありません。この事例の場合、成年後見人は法定相続分250万円を守らなければなりませんので、長男は二男(二男の成年後見人)に対して250万円を支払わなければ、実家を自分の名義に変えることができないのです。このように、認知症等の方がいる場合は、自由に遺産分割をすることができず、法定相続分どおりの遺産分割を強いられるため非常に手間・お金・時間がかかります。

 

このようなケースでは、相続手続きがすべて終わるのに半年以上かかることも多く、相続人の労力は並大抵のものではありません。さらに、成年後見人等の仕事は、この相続手続きが終わって「はい、おしまい」とはいかず、本人が死亡するまで成年後見人等を付けておかなければなりません。成年後見人等に報酬を払い続けることを考えると、「たった一度の相続手続きのためだけに、亡くなるまで成年後見制度を利用することになるのか」と二の足を踏んでしまうことも多いのが実情です。このケースも、遺言を遺しておくことによって速やかに相続手続きを完了させることができたケースといえます。

 

厚生労働省が公表している推計データによれば、認知症と診断された65歳以上の高齢者は、2020年にはおよそ292万人に達し、また別の記事では2030年には認知症患者の保有資産が215兆円に達するとの予想が出ています。この215兆円という数字は、なんと日本全体の家計金融資産の10%を超えるそうで、つまり日本で10%ものお金がまったく動かない凍結状態になるのですから、これはちょっとした金融危機です。認知症になってしまったら、「生前贈与」「売買契約」「遺言」「投資」など、あらゆる相続対策は行なうことができなくなりますので、自分は大丈夫だと思わずに早めの対策を取っておくべきです。

 

認知症と診断されていなくても、年齢を重ねると共に判断能力が低下することは自然なことですので、将来自分の親や自分自身が認知症になったときのことを頭に入れて対策しておくことをオススメします。

 

□ 土地・建物を所有している

 土地・建物が遺産に含まれている場合は、その土地・建物を相続する予定の方は注意が必要です。よくあるのが地元に残っている長男が実家を相続するパターンです。

例えば、相続人は子供2人(長男・長女)で、遺産の内容が「土地・建物 1,000万円」、「預貯金 1,000万円」の合計2,000万円とあるとします。ありがちなのが、都会に嫁いだ長女は土地・建物はいらないので、「実家はお兄ちゃんが住んでるし、お兄ちゃんのものでいいけど、預貯金1,000万円は私のものでいいよね」と主張されるケースです。

長男が「親の面倒を看たのは俺たち夫婦なんだし、建物の修理や固定資産税のことも考えると、預貯金もある程度もらわないと割が合わないだろ」と主張すると、もう話がまとまりません。もし妹がある程度理解してくれて、親への貢献度を考慮してくれれば「私は300万円だけでいいよ」という風に話がまとまるのですが、最近は権利意識の高まりからか、法定相続分はしっかり主張される方が増えてます。

このケースで、実家に住んでいる長男が実家を相続するしかないと考えるなら、預貯金1,000万円すべては妹が相続することになります。長男は実家に住み続けることはできますが、もらえるお金はゼロです。

たとえ少額であったとしても遺産を遺す親として、「世話になった息子・娘に少しだけでも多くの遺産を遺してあげたい」「無用な話し合いはさせたくない」と考えるのであれば、公正証書遺言を作成しておくとよいでしょう。

 

□ 自営業・会社経営をしている

 ご自身でご商売をされている方は、特に遺言書の必要性は高いです。これは個人事業主でも、会社経営者でも同じです。なぜなら、後継者には事業で使用する資産を引き継ぎしなければいけないからです。

想像してみてください。自社の株式や営業に使っている機械、車、事務所等を後継者以外の兄弟姉妹に分けてしまったらどうなるでしょうか?経営に口を出されたり、事務所を共有したりしている場合ではありません。酷いケースになると、事務所を担保に入れて、銀行から借金してまで兄弟姉妹にお金を支払うケースさえあります。

事業承継については、公正証書遺言の作成だけでなく、お元気なうちから対策を取ることが大変重要ですので、司法書士や税理士等多くの専門家のアドバイスを多角的に受けることが大切です。

 

□ 子供のうちの1人と同居(又は介護)している

 先の例でも挙げましたが、兄弟姉妹のうち1人が同居をしていたり、介護をしていたりすると、遺産を平等にわけることが逆に不公平になってしまうため遺産分割が進まないことがあります。

 

 

□ 子供の仲が良くない

□ 自分の相続で家族に面倒な手続きをさせたくない

□ 相続人の数が多い

 これはとてもシンプルですが、仲が良くないと話がまとまるはずがありません。公正証書遺言を作成しておけば、遺産について話し合うことなく相続手続きができますので、面倒な手続きがなくなります。

 

□ 子供間に経済的な格差がある

 これは私の経験則に基づくものですが、相続人の間で経済的な格差が大きい場合には「①金銭感覚が違うこと」「②親に対してしてきたこと、されてきたこと」の差が大きいため、遺産分割の話がまとまらない傾向が強いように思います。親としては、経済的に厳しい子のほうに遺してあげたいと考えるのが親心かもしれません。しかし、「お金と手間が多くかかった子に遺産を遺して、裕福で色々とプレゼントしてくれた子に一切遺さない」というのは、それはそれで心苦しいものがあるだろうと思います。これは悩ましいところですが、しっかりした希望があるのであれば、公正証書遺言を作成しておくべきです。詳細は後日ブログに書きますが、遺言の中に「付言」を残すことによって、みんなが納得する遺言に変身させることも可能です。

 

□ 相続人以外の人に遺産を遺したい。又は、寄付がしたい。

 相続人以外の人(仮に「Aさん」とします。)に遺産を遺したい場合は、生前に贈与しておくか、死亡をきっかけとして遺言によって贈与(「遺贈」といいます。)するのが一般的です。

例えば、遺言書がない場合は、亡くなった方の意思どおりにAさんに遺産を引き継ぐには、一度相続人が遺産を相続して、そのあとに相続人からAさんに財産を売買か贈与で引き渡すことになります。亡くなった方の名義から、相続人を飛ばしてAさんの名義にすることは手続き上不可能です。相続の手続きをショートカットできないのです。それに、遺言書がない以上は、いくら生前にAさんにあげると言っていても相続人はそれに拘束されることはありませんので、実現される保証もありません。

このような面倒な手続きだけでなく、その他の税金も色々と発生してくるため、相続人以外の方に遺産を遺したい方や、ある団体に寄付したい方は公正証書遺言を作成しておくべきです。

 

□ 相続人が全くいない。

相続人がいない場合には、特別な事情がない限り、遺産は国庫に帰属します。

国庫に帰属させるのではなく、お世話になった方に財産を遺したいとか、地元の市区町村、ボランティア団体、社会福祉関係の団体、または自分が素晴らしいと感じている研究団体に寄付したいと思われる場合には、その旨の遺言をしておく必要があります。

もし私が、相続人が全くいない状態で最期を迎えるとしたら、地元の図書館に全額寄付し、未来の子供たちのために「坂本将来文庫」なるものを作ってもらいます。最期くらいはかっこつけてあの世に行きたいものです。

すべて国のものになってしまうより、自分の思うように有効利用してもらうほうが有意義ではないでしょうか。自分の死後に、しっかりと遺言の内容を実現してもらうためには、信頼できる「遺言執行者(遺言のとおり執行してくれる人)」を選任しておくことが重要です。遺言執行者は、誰でもなることができますが、法律に精通している司法書士・弁護士などを選任しておくことが望ましいといえます。

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