「多くの方が認識している相続放棄」と「本当の相続放棄」は完全な別物!

本当の相続放棄とは?

私が日常業務を行なっていると、特に相続放棄については、誤った認識をお持ちの方が多いと感じます。「多くの方が認識している相続放棄」と「本当の相続放棄」は完全な別物です。
例えば、Aさんが亡くなり、相続人が子供の長男Bさんと二男Cさんであるとします。そして、二男Cさんが「兄と話し合いをした結果、私は書類に印鑑を押して、相続放棄をしました。」と言われることがあります。

さて、これは、相続放棄をしたと言えるでしょうか?

実は、これは本当の相続放棄ではありません。この場合は、単に遺産についての話し合いで、「プラスの財産はいりません」という合意をしただけなのです。よって、この場合は相続放棄をしたのではなく、兄と「遺産分割協議をした」ということになります。
つまり、多くの方が誤って認識している相続放棄とは、「遺産分割協議」のことなのです。遺産分割協議において、預貯金や不動産等のプラス財産を自主的に受け取らなかったということですので、もし後日父であるAさんに多額の借金があることがわかった場合でも、「自分は相続を放棄したから関係ない!」ということにはなりません。

なぜなら、借金や連帯保証人の地位等のマイナスの財産は、自動的に相続人全員が引き継ぐことになるからです。相続人全員の話し合いで「父Aが残した借金返済の義務は、すべて兄Bが負う」旨の合意はすることはできますが、この勝手な合意は、相続人の間で有効なのであって、債権者に対しては主張できません。債権者は、相続人全員に対して、借金の返済を請求することができます。よって、弟Cからすれば、プラスの財産は一切受け取らなかったのに、借金だけは兄Bと平等に相続するという悲惨な事態になってしまうのです。
なお、債権者が「父Aが残した借金返済の義務は、すべて兄Bが負う」旨の合意について承諾してくれたら、弟Cは借金返済の義務を免れることができます。

本当の相続放棄というのは、家庭裁判所に対して相続放棄申述書を提出して、正式に受理してもらうことをいいます。この相続放棄は、自分に相続があったことを知った時から3ヶ月以内にしなければなりません。相続放棄の手続きは、他の相続人が関わることなく完全に1人で完結することができます。これにより、初めから相続人ではなかったことになるため、プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しないことになるのです。
相続放棄をすると、遺産分割協議をして印鑑を押すことは一切ありません。というよりも、法律上相続人でなくなるので、そもそも遺産分割協議に参加すること自体できなくなります。
なお、相続放棄をしても、戸籍等に記録が残る事はありません。

 

① 遺産についての話し合いで、財産を一切もらわない合意をして実印を押した。
→ これは相続放棄ではありません。あくまで「プラスの財産は何もいらない」という遺産分割協議(合意)をしたということになります。

② 家庭裁判所に対して相続放棄の申し出をして、正式に受理された。
→ これが本当の相続放棄です。遺産についての話し合いに参加することも、実印を押すことも一切ありません。

 

 ちなみに、被相続人の死亡前にあらかじめ家庭裁判所で相続放棄の申述を行なうことはできませんし、死亡前に遺産分割協議を行なうこともできません。仮に、被相続人の死亡前に遺産分割協議を行なって、遺産分割協議書に実印が押印され、印鑑証明書が添付されていても無効です。なんら効力はなく、法的にはただの紙切れです。
ごく稀に、長男の方が「父(被相続人)が生きているときに、ほかの兄弟には放棄する旨を一筆書かせているから、この書類で手続きしてください。」と被相続人の生前に作った書類を持参されることがありますが、死亡前の遺産分割協議は無効であるため、当然使用することはできません。もっとも、この長男の方は「相続放棄」と「遺産分割協議」を間違えて使用していることは、皆様にはもうお分かりでしょう。
なお、被相続人の生前に相続放棄はできませんが、裁判所の許可を得て「遺留分の放棄」はすることができます。(※)「相続放棄」と「遺留分の放棄」は別物ですので、注意してください。あまり詳細に書きすぎると意味がわからなくなると思いますので、遺留分の放棄については、また後日書きたいと思います。

3ヶ月は意外に短い!相続放棄をするか悩んでいるなら「期間伸長」できる!

相続放棄には期限があります。もし相続放棄をしたいのであれば、相続人は、自分に相続があったことを知った時から3ヵ月以内に、相続放棄の申述を家庭裁判所にしなければなりません。
しかし、実際に大切な方を亡くされたご家族にしてみれば、この3ヵ月という期間はあまりに短すぎます。特に喪主の方からすれば葬儀が終わり、バタバタしているうちに四十九日になり、あっという間に3ヵ月ですので、相続財産の全体像もまだわからず相続放棄をすべきかどうか考える時間的余裕がないという方は多いはずです。
相続放棄をすべきかどうか3ヵ月で判断できない場合は、家庭裁判所に放棄をするための期間伸長の申出ができるようになっています。遺産全体を把握するための調査が3ヶ月では無理な場合もありますので、そのような場合は期間延長の申出をしておくとよいでしょう。期間伸長の申出が受理されると、さらに3ヶ月の期間の猶予が与えられることが一般的です。

相続放棄をする場合に注意しなければならないのは、相続財産には一切手をつけてはいけないということです。なぜなら、相続財産に手を付けたということは、「相続人であることを認めた」行為に他ならないからです。相続財産に手を付けてしまったら(例えば、預貯金を一部降ろして使ってしまった場合等)、せっかくの相続放棄が無効になってしまうので注意が必要です。

 

3ヵ月を越えても諦めるのはまだ早い!

「3ヵ月過ぎてしまったから、もう私は相続放棄できない…。」と落ち込むのはまだ早いです。
相続があったことを知った時から3ヵ月以内に、相続放棄の申述を家庭裁判所に行わなければなりませんが、この「相続があったことを知ったときから」の意味が重要となります。単に「被相続人が死亡したことを知った日から3ヵ月」ではありません。
基本的な考え方として、以下の3つをすべて知ってから3ヵ月以内に家庭裁判所に相続放棄を申述すれば受理されます。

 

①被相続人が死亡したこと
②自分が相続人であることを知ったこと
③被相続人の遺産又は借金があることを知ったこと

 

①~③のすべてを知ったときから3ヵ月ですので、身近な方が被相続人の場合は、死亡を知ったその日から3ヵ月以内にしなければならない方が多いでしょう。
しかし、このご時世、疎遠になっている家族も多いので、兄弟姉妹の相続や祖父母の相続の場合には「死亡したことは知っていたが、遺産については何も知らない」というケースは少なくありません。
実際私が経験した案件では、被相続人(夫)が死亡してから6ヵ月後に、金融機関から妻に督促通知が届き、夫に2,000万円の借金があることが判明しました。金融機関担当者から話を聞くと、その借金は、夫が生前にバイクで人身事故を起こしてしまい、3,000万円の損害賠償請求を受けてしまったことが理由だというのです。通常であれば自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)で賠償するのですが、亡夫は自賠責保険に入っていなかったために支払うことができず、金融機関から3,000万円の借金をして賠償しました。夫は家族に心配かけまいと、その事実を家族に内緒で借金返済を続け、1,000万円は生前に返済していましたが、まだ2,000万円の借金が残っている状態で死亡してしまいました。そして、家族は大変困惑した状態で私のところへ相談に来られたのです。
幸い亡夫名義の不動産はなく、預貯金も少額のため引き出していないとのことでしたので、私は「金融機関から通知を受け取ることにより“借金の存在を知った日”から3ヵ月以内に相続放棄の申述を行なえば、相続放棄ができますよ」とお伝えしました。あのときの安堵したご家族の顔は今でも忘れられません。相談してよかったと非常に喜んでいただき、すぐに相続放棄申述書作成のお仕事を引き受けさせていただきました。

 

そのほか、最近私の事務所に多いのは、祖父母や兄弟姉妹の名義のまま長年放置された不動産が発覚するケースです。ある日突然、市役所から固定資産税未払い20万円の督促状が届いたり、倒壊のおそれがある建物の撤去・修理代130万円の督促状が届いたりするのです。しかも、全く身に覚えのない遠方の土地であることもしばしばです。
市役所からそのような通知が来て、初めて「そんな遺産があったのか!」「土地の名義変更できてなかったのか!」とびっくりするわけです。

 

なぜ「全く知らなかった」ということが起こるのでしょうか?
例えば、以下のようなケースがあります。

 

【ケース①】
市役所から通知が受け取った方の両親は若い時に離婚していて、父親とは幼少期から会ったことがなく、その父親の父親(祖父)の不動産が残っていた。父親の住んでいる場所さえ知らなかったため、祖父の遺産など知る由もなかった。

 

【ケース②】
7人兄弟で、そのうち子どものいない兄弟が不動産を所有したまま死亡した。その後は、誰かに名義変更登記をすることなく放置しており、別の兄弟が長らく固定資産税を支払っていたが、その支払っていた方も死亡した。そして、兄弟姉妹の子(甥・姪)に対して一斉に固定資産税の納税通知が市役所から送付された。甥・姪からすれば、そのような不動産が残っていることも知らず、叔父の相続権が自分にあることすら知らなかった。

 

①と②のいずれも、相続人だからそのような通知が来るのであって、市区町村は適切な手続きを取っているにすぎません。しかし、事情を知らない相続人にとっては、びっくりしてしまいます。
このような場合は、被相続人が死亡してからかなりの期間経過していても相続放棄できる可能性が高いです。実際、私は被相続人が死亡してから20年以上経過している相続放棄を何件も行なったことがあります。
もし皆さまにこのような通知が来たときは、その通知書は相続放棄を行なう上で非常に重要なものであるため、絶対に捨てないでください。この通知が届いた時が「知ってから3ヵ月」の期間スタートとなる客観的な証明文書になりますので、中身の文書だけでなく、消印のある封筒も捨てないでください。相続放棄申述の際に使用することになります。

相続放棄をしたいのは、なにも借金があるケースばかりではありません。
依頼者の中にはプラスの財産しかないのに相続放棄をしたいという方も多くおられます。例えば、子ども達はみんな都会に出てしまっていて、地元にある親名義の不動産の固定資産税だけは毎年かかってしまう場合や、相続人があまりに多すぎて遺産分割協議に参加したくない場合等です。

相続放棄をするには、期限以外にも条件がある!

相続放棄が認められるためには、「知ってから3ヵ月以内」にしなければならないこと以外にも条件があります。それは、「相続人として何も遺産を受け取っていないこと」です。
先ほどの例でいうと、たとえ少額の預貯金であったとしても、その口座から引き出して使ってしまっていたとすれば、相続放棄は認められません。なぜなら、被相続人の財産を使い込んだ時点で相続人となることを認めたことになるからです。これを「単純承認」といって、法的に相続する意思があるものとみなされます。
不動産の名義変更登記をした場合も同じことがいえます。不動産の名義変更登記をする際には、(遺言書がない場合)相続人全員で遺産分割協議書を作成しますが、その遺産分割協議書に署名押印をすると、原則としてその相続人全員が相続放棄をすることができなくなります。遺産分割協議に参加するという行為は相続人でなければできない行為だからです。

 

相続放棄のチャンスは、たった1回きり!

家庭裁判所に対する相続放棄の申述は、他の相続人との話し合いや承諾は必要なく、1人で行なうことができます。しかし、覚えておいてほしいのは、相続放棄の申請はたった一度きりのチャンスだということです。もしも内容等に不備があったり、照会書(※)の回答に不備があったりして、万が一家庭裁判所に申請を却下されてしまった場合、再申請を行うことは認められません。よって、「とりあえず自分でやってみて、上手くいかなければ専門家に頼もう」ということはできません。
(※相続放棄をする理由や単純承認にあたることを行なっていないか等をチェックするアンケートのようなもの)

家庭裁判所における相続放棄は、自分で行なうことも可能ではありますが、手続きの手間だけでなく、却下となると取り返しのつかないことになります。そして、自分で取り組んだものの却下されてしまった例は決して少なくないため、相続放棄に精通した司法書士又は弁護士に一度ご相談されることを強くオススメいたします。
特に、相続放棄の期限である3ヵ月を越えているケースの相続放棄については、「期限を越えてしまった理由」を法的に(効果的に)書くことによって、例外的に相続放棄が認められるということが多いです。具体的には、過去の裁判例を確認し、相続放棄が認められる条件を分析した上で事案に当てはめて検討しなければならないため、難易度が非常に高いものになります。
また、すべての専門家が相続放棄に精通しているわけではないことに注意しなければなりません。中には、専門家から「死亡したのを知ってから3ヵ月を越えているから相続放棄できないよ」と言われ、門前払いされたという酷いケースもありました。
3ヵ月の期限を越えた相続放棄は、特に依頼する専門家を慎重に選ぶ必要があります。万が一、相続放棄が認められなかった場合には、借金を背負わなければならないことを肝に銘じておかなければなりません。

この記事を書いた人はこんな人→プロフィール

 

ページの上部へ戻る