相続放棄をしても、受け取ることができる財産とは?

相続放棄をするかどうか考えている間にも、遺族の方は死亡にかかわる様々な手続きを求められます。その中でも、特にお金を支払う・受け取るという類の手続きには注意を要します。相続放棄をしても、受け取れる財産と受け取れない財産があるからです。

ポイントは、法律的に「もし本人が生きていれば、本人が受け取るはずのお金であったかどうか」です。これはイメージではなくて、法律的にそう規定されているかどうかがポイントになります。
本人が受け取るはずのものであったなら、遺産の中に含まれることになるため、その遺産を相続人が受け取ってしまうと相続を認めたことになります(単純承認)。つまり、相続放棄をするのなら、受け取ってはいけないものということになります。
しかし、次のお金は、遺産には含まれず、相続人の「固有の財産」とみなされるため、相続放棄をしても受け取ることができます。

a 生命保険金
生命保険金の受取人が指定されている場合に受け取れるのはもちろんですが、受取人が「法定相続人」と記載されていても、保険金は受取人固有の権利であるため、相続財産ではありません。よって、相続放棄をしても保険金を受け取ることができます。
ただし、生命保険の受取人が「被相続人」である場合は、その保険金は相続財産に組み込まれてしまうため、受け取ることができません。

b 死亡退職金
社内規定において「遺族に対して」死亡退職金を支給する旨の規定があれば、それはご遺族が「固有の権利」として受け取ることができます。よって、相続放棄をしても死亡退職金を受け取ることができます。
ただし、生命保険金と同じく、(ほとんどありませんが)社内規定で受取人が「被相続人」と規定されてしまっている場合は、その死亡退職金は相続財産に組み込まれてしまうことになりますので、受け取ることができません。

c 遺族年金
 遺族年金は、遺族がその「固有の権利」に基づいて受給するもので、相続財産には含まれません。よって、相続放棄をした場合でも、遺族年金を受け取ることができます。

d 未支給年金
 未支給年金とは、年金の受給者が死亡した場合に、その者に支給すべき年金であって、まだ支給されていないもののことをいいます。未支給年金は、自動的に振り込まれるものではなく、遺族から請求をすることによって支給されます。
例えば、老齢基礎年金の受給権者が7月20日に死亡した場合、その者が最後に受け取る年金は、6月15日に支給される4月分と5月分とになります。年金は、受給権者が死亡した月の分まで支給されるため、この場合であれば、6月分と7月分が未支給年金となります。つまり、年金は「後払い」なのです。
 未支給年金は、普通に考えると本来は本人である被相続人の財産のような気がしますが、法律で「自己の名で」、その未支給の年金の支給を請求することができると定められているために、「固有の権利」として受け取ることができます。よって、相続放棄をした場合でも、未支給年金を受け取ることができます。
 ただし、未支給年金を受け取るためには、次の2つの条件を満たす必要があります。

①年金を受けていた被相続人と「生計を同じくしていた」(※)こと
かつ
②配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹又はこれらの者以外の3親等内の親族からの請求があること

※「生計を同じくしていた」とは・・・厚生労働省の認定基準では、「住民票上同一であるとき」、「住民票上世帯を異にしているが、住所が住民票上同一であるとき」、「住所が住民票上異なっているが、現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を1つにしていると認められるとき」の3つの場合に分けて規定されています。実務上は、世帯全員の住民票等の添付書類、生計同一関係の申立書に基づいて認定を行ないます。
ちなみに、前記(2)の全員が請求できるわけではなく、順位があります。①配偶者 ②子 ③父母 ④孫 ⑤祖父母 ⑥兄弟姉妹 ⑦3親等内の親族の順位となります。

e 葬祭費・埋葬料
 被相続人が国民健康保険に加入していた場合には葬祭費、健康保険に加入していた場合には埋葬料という名目で給付金が支給されます。葬祭費・埋葬料は「喪主」が「固有の権利」として給付金を受け取ることになりますので、相続放棄をした場合でも給付金を受け取ることができます。

f 高額医療費の還付金
高額医療費の還付金は、相続放棄をした場合に、受け取れる場合と受け取れない場合があります。ポイントは、高額医療費の還付金を受け取れるのは、世帯主又は健康保険の被保険者だけであるということです。(以下、世帯主又は健康保険の被保険者のことをまとめて「世帯主」といいます。)

亡くなった方が、世帯主ではないのであれば、世帯主は相続放棄をしても高額医療費の還付金を受け取ることができます。
逆に、亡くなった方が世帯主であれば、高額医療費の還付金は、世帯主の相続財産に組み込まれてしまうため、相続人が相続放棄をすると還付金は受け取ることはできなくなってしまいます。

g 団体信用生命保険
住宅ローンの債務者(被保険者)が死亡した場合に、保険会社から住宅ローンが完済される「団体信用生命保険」については、受取人が債権者(金融機関)であるため、そもそも住宅ローンの債務が相続人に引き継がれることはありません。よって、団体信用生命保険に加入している場合の住宅ローンについては、相続債務として考慮する必要がなく、相続放棄をしても遺族から申請の手続きをすることができます。
しかし、注意しなければならないのは、被相続人(亡くなった方)名義の住宅に同居していた相続人が相続放棄をする場合、その住宅も放棄しなければならないため、住み続けることができなくなります。団体信用生命保険加入の有無と、今後の住宅について総合的に考えて相続放棄を検討するようにしましょう。

 その他、参考になりそうな相続放棄に関する判例を箇条書きにしておきます。判例はあくまで、争われた個別の事例において裁判所が判断した結果ですので、似たようなケースであっても、必ず同じ判決が出るわけではありません。相続放棄をしたら、被相続人の財産には手を付けないことに越したことはありませんので、これらは参考程度にご覧ください。

 

相続放棄が認められた事例(=相続財産の処分にあたらないとされた例)

・相続人が、価値がなくなるほどに使用された上着とズボン各1着を第3者にあげた場合でも、一般的経済価値があるものの処分にはあたらないため、相続放棄をすることができます。

・相続人が、ほとんど経済的な価値のない被相続人の身の回りの品及び僅かな所持金を引き取り、これに相続人の所持金を加えて遺族として当然なすべき火葬費用及び医療費残額の支払いにあてたことは、相続財産の処分に当たりません。
 ※この事例では、幸い相続放棄が認められましたが、相続放棄をしたいのであれば、僅かであっても被相続人の財産は使わずに分別管理することをオススメします。
 
・預金は解約してはいけませんが、預金を解約してしまった場合でも、預金を封筒などにいれ、他の現金とは分けて保管していれば相続放棄できる可能性があります。しかし、一部でも使い込んでしまった場合には相続放棄は認められません。いずれにしても、相続放棄をするのであれば、預金を解約せず、そのままの状態にしておくのがベストです。

 

相続放棄が認められなかった事例(=相続財産の処分にあたるとされた例)

以下の行為をすると、相続放棄はできません(もしくは無効になります)。

・預貯金・不動産・株式等の被相続人名義に関する財産について相続手続きをすると、原則として相続したことを認めたことになりますので、相続放棄はできません。

・資産価値のある物を売却したり、自分の物として使用したりすると相続放棄することができなくなります。相続放棄をするのであれば、高価な物の形見分けは受け取らない方が無難です。

・株式に基づく株主権の行使をすると、相続放棄ができなくなります。
つまり、被相続人が会社の社長かつ株主であったケースにおいて、安易に株主総会を開催して役員変更等行うと相続放棄ができなくなる可能性があります。

・相続財産である賃貸不動産の賃料の受取口座を、自分の口座に変更すると相続放棄ができなくなります。

・衣類でも、一般経済価値を有するものを他人に贈与したときは、相続放棄ができなくなります。

・スーツ・毛皮・コート・靴・絨毯等の遺品のすべてを自宅に持ち帰ると、相続放棄ができなくなります。

・相続財産の中からの支出で仏壇仏具・墓石の購入は、控えた方が無難です。
※ある裁判例では、社会的に見て不相当に高額でない仏壇・墓石の購入について、「相続財産の処分に当たるとは断定できない」と判断し、相続放棄を認めていますが、この裁判例だけで「仏壇・墓石の購入は大丈夫だ」と考えることは出来ません。上記の裁判のケースでは、支出した金額などを総合的に判断した結果、認められたのであって、仏壇・墓石等の購入が相続財産の処分に当たらないと一般的に考えることはできないのです。

・被相続人が支払うべき税金、借金、医療費等は、相続放棄をすれば支払う義務はありません。これらを被相続人の財産の中から支払ってしまうと、原則として相続放棄ができなくなります。
しかし、相続放棄をした人自身が元々持っていた財産(固有の財産)の中から支払った場合は、被相続人の相続財産について処分したことにあたらないため、相続放棄ができます。
同じ理由で、被相続人の死亡により受け取った生命保険金から、被相続人の債務を支払っても、相続放棄をすることができます。前述のとおり、生命保険金は受取人「固有の財産」であるため、被相続人の相続財産について処分したことにならないからです。

・被相続人が1人暮らしで亡くなったため、荷物の引取りを大家さんから要求されても、相続放棄をすれば、法的には応じる義務はありません。ただし、相続放棄をしたとはいっても、次順位の相続人の管理下に置かれるまでは、管理義務がありますので、大家さんに頼まれた場合は、荷物等を一定期間ご自宅で保管しておくのがよいでしょう。

・相続放棄をすれば、法律上初めから相続人ではなかったことになりますので、他の相続人から「手続きに必要だから」といって署名押印を求められても、応じてはいけません。署名押印に応じると相続放棄できなくなる可能性があります。
もし署名押印を求められた場合は、「家庭裁判所で相続放棄の手続き中である」旨を伝えて、相続放棄が完了するまで待ってもらうしかありません。相続放棄が完了した後に、相続放棄申述受理証明書を他の相続人に渡すことによって、ようやく署名押印を求められることはなくなります。このような対応は、債権者や役所等の関係各所に対しても同様です。

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