先日、少し珍しい商業登記のご依頼がありまして、役員の退任登記が「令和年月日解任」として登記されていたものを、錯誤による更正登記(商業登記法132条)により「令和年月日辞任」へ更正する登記を行いました。役員変更登記の更正、しかも退任原因そのもの(解任→辞任)の更正はそれほど頻繁にあるものではないので、自身の備忘録としてブログ記事にします。
なお、当初の「解任」の登記申請は当事務所が関与したものではありません。すでに「解任」として登記が完了した状態で、「実体は辞任なので登記を直してほしい」というご相談が当事務所に持ち込まれ、更正登記の部分から受任した案件です。
事案
事案は以下のような形で当事務所にご相談がありました。(※会社名・個人名等はすべて匿名化しています。)
対象会社 株式会社A
前代表取締役 B「年月日解任」
現代表取締役 C
Bの退任原因が誤って「解任」と記載されて申請され、登記記録上「令和年月日解任」として退任登記がされてしまいました。解任決議は実体として存在せず、退任原因は本来「辞任」でした。
登記記録に「解任」と記録されると、第三者から社内で何らかのトラブルがあったのではないかと受け取られるおそれがあり、ご本人の名誉にも関わる重大な問題となります。
また、金融機関等が登記事項証明書を確認した際の印象も大きく異なります。そこで、本件については、錯誤を原因とする更正登記を申請することとしました。
根拠
根拠条文は商業登記法132条です。1項で、登記に錯誤又は遺漏があるときは当事者はその登記の更正を申請することができるとされており、2項により、更正の申請書には「錯誤又は遺漏があることを証する書面」の添付が必要です。
ちなみに、錯誤が登記官の過誤による場合は職権更正(商業登記法133条2項)となり登録免許税もかかりませんが、本件は申請人側の錯誤ですので、当事者申請による更正となり、登録免許税2万円が必要になります。
実際に使用した申請書と上申書は以下のとおりです。 (※登記はケースバイケースであり、さらに、登記官の判断により行うべき登記は異なりますので、ブログ記事に関するご質問には回答しかねます。参考にされる場合は、自己責任お願いします。)
【申請書】
登記の事由 錯誤による更正
登記すべき事項
「役員に関する事項」
「資格」代表取締役
「氏名」B
「原因」令和年月日解任とあるのを令和年月日辞任と更正
登録免許税 金20,000円(登記の更正分として金20,000円(登録免許税法別表第一第24号(1)ツ)です。
添付書類 ①錯誤があったことを証する書面(辞任届、定款及び互選書) ②上申書 ③辞任 ④司法書士への委任状
ここで大事なのが、錯誤を証する書面として、辞任届だけでなく「定款」と「取締役の互選書」の添付が求められた点です。
なぜ定款と互選書が必要なのか。それは、代表取締役の選定方法によって、「辞任」の実体を裏付ける書面が変わってくるからです。
本件では、Bの解任(本来は辞任)と同日に、新代表取締役Cが就任しています。そこで登記官からは、当時のCの選定を証する書面まで含めて実体関係を確認したいとの指摘がありました。整理すると以下のとおりです。
(1)定款で代表取締役の選定方法が「取締役の互選」とされている場合
→定款+取締役の互選書の添付が求められます。本件はこのパターンでした。定款の規定に基づく互選によりCが適法に選定されたこと、そしてその互選が「解任」ではなく「辞任」を前提とした手続であったことを、定款と互選書のセットで証明する形です。
(2)定款で代表取締役の選定方法が「株主総会の決議」とされている場合
→定款+株主総会議事録の添付が求められます。この場合、代表取締役の辞任には株主総会での承認決議を経ているはずですので、Bの辞任の承諾(承認)が株主総会議事録に記載されている必要があります。議事録上「辞任を承認した」旨の記録があれば、それ自体が退任原因が辞任であったことの有力な証拠になるわけです。
つまり、「辞任届さえあれば足りる」という単純な話ではなく、その会社の代表取締役の選定・退任がどのような機関手続で行われる建付けになっているかを定款で確認し、その手続に沿った書面まで揃えて初めて「実体は辞任だった」ことの疎明が完成する、という理屈です。更正登記に限らず、代表取締役の退任登記全般に通じる視点だと思います。
【上申書】
上 申 書
〇〇法務局 御中
当会社の役員変更登記について、下記のとおり上申いたします。
記
1 対象会社
株式会社A
2 対象となる登記
当会社の代表取締役 Bについて、現在、登記記録上は「令和年月日解任」として退任登記がされています。
3 実際の経緯
しかしながら、上記の解任決議は実体として存在しておらず、Bは、当初から辞任の意思に基づき、当会社の代表取締役を退任したものです。 具体的には、代表取締役 Bは令和年月日付辞任届を作成し、当会社は同日これを受領しております。 したがって、同人の正しい退任原因及び退任日は「令和年月日辞任」であり、本来は同内容により役員変更登記を申請すべきものでした。
4 錯誤の内容
上記のとおり、Bの退任原因は「解任」ではなく「辞任」であるにもかかわらず、当初の登記申請において、錯誤により「令和年月日解任」として登記申請がされ、その旨の登記がされました。そのため、現在の登記記録は実体関係と異なっております。
5 上申事項
つきましては、商業登記法第132条に基づく錯誤による更正登記として、現在の登記記録中、「令和年月日解任」とあるのを、「令和年月日辞任」と更正していただきたく、上申いたします。
以上
令和年月日
(本店所在地) 株式会社A
代表取締役 C(登記所届出印を押印)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
以上の内容で無事登記完了しました。
更正登記が完了すると、登記記録上は「令和年月日解任」の記録に下線(抹消記号)が付され、「令和年月日辞任」「令和年月日更正」として記録されます。
閉鎖されない限り「解任」の文字自体は履歴として残りますが、それが錯誤であり更正された事実が公示されることになります。

ちなみに、本件でポイントだと感じたのは次の2点です。
①管轄法務局との事前協議が必要。退任原因の更正はレアケースであり、錯誤を証する書面として何を求められるかは事案により異なります。本件でも、申請前に登記官と協議のうえ、上申書、辞任届、定款、互選書という構成に落ち着きました。上記のとおり、定款の定め(互選か株主総会か)によって求められる書面が変わる点は特に要注意です。
②事実関係の把握。当初の登記に自身が関与していない案件でしたので、登記記録・辞任届・定款・互選書等の原始資料を突き合わせ、「解任決議が実体としては存在しないこと」「辞任の意思に基づく退任であったこと」を確認したうえで方針を固めました。
「解任」と「辞任」は、登記記録上わずか一文字の違いですが、当事者にとっての意味はまったく異なります。実体と異なる登記を放置せず、更正登記により是正できたことは、ご依頼者様にとって大きな意義があったと思います。
神経を使う仕事でしたが、やりがいのある仕事でした。ありがとうございました!!