家族信託を活用したいケース ~遺言・生前贈与・成年後見との違いを解説~

以下の家族信託の事例では、委託者:母 甲野花子 受託者:長男 甲野一郎 受益者:母 甲野花子である前提で解説します。

 

家族信託を活用したいケース

家族信託は、実はかなり複雑に設計することもでき、難解な点が多々あるため、今回は一番利用されている2つのケースをご紹介したいと思います。

 

認知症対策としての家族信託

例えば、実家を所有している甲野花子が認知症になってしまうと、印鑑や通帳を管理している一郎がいくら花子のために実家を売ろうとしても、売ることができません。花子が死亡してからでなければ売ることはできないのです。よって、認知症発症後については、必然的に花子の死亡後に相続による所有権移転登記(名義変更)をしなければならなくなります。

 

意外に知られていないことですが、不動産の名義人が死者である状態から直接買主に所有権移転登記(名義変更)ができず、必ず一度相続人の名義にしなければなりません。これは不動産登記法上、ショートカットできないルールになっているから仕方がありません。つまり、母が認知症になってしまってからでは、たとえ実家を買いたいという人が現れたとしても、母が亡くなるまで売れないし、さらに相続手続きを回避することはできなくなります。相続手続きは時間もかかるし、専門家費用もかかるし、大変ですので「母が元気なときからしっかり対策しておけばよかった」と頭を抱える方が数多くいます。

 

また、近年では金融機関窓口において、本人の代わりに預金が引き出せないことが社会問題になってきました。以前は金融機関も柔軟な対応をしていたこともありますが、個人情報保護法等の法令遵守が厳しくなり、預貯金の名義人本人でなければ払い戻しができません。キャッシュカードで引き出すことはできても、定期預金等の窓口対応が必要なときに、「認知症の母の代わりに来ました」は、当然通用しません。

 

このような「母のために、母の預貯金を使いたいのに・・・」というニーズにも、家族信託は対応できます。例えば、母と娘で信託契約を締結し、娘名義の信託口座を作成し、その信託口座の中に母の預貯金を移しておくのです。こうすることによって、母が認知症になったとしても、母のお金を、母のために、娘が使うことができるようになるのです。

さらに、家族信託は、事業承継の場面においても大きな力を発揮します。自社株を後継者に信託しておくことによって、株主としての議決権行使を任せることができ、もし後になって後継者が気に入らなければ、自分の意思だけで株式を取り返すこともできます。通常であれば、自社株を「自分で持っておく」or「後継者にあげる」の2択であるところが、贈与税をかけることなくその中間が取れるようになるのです。

 

具体的なリスクは、次の通りです。

・母の介護施設入所のための費用にあてようと思っていたのに、実家が売れない。

・母の死亡後の相続手続きした後でなければ実家が売れないため、売り時を逃してしまう。

・実家の管理や修繕を行なうことができない。

・法的手続きが取れないことから問題が発生する場合がある。

・認知症になった母の預貯金から、母のためにお金を使いたいのに、払戻しができない。

・認知症になった経営者(株主)が、議決権を行使できない。(株主総会において決議できない。)

 

(※なお、預貯金については、基本的にどの金融機関にも債権譲渡禁止特約がありますので、信託契約書の中では「預貯金」とは記載せずに、「現金」と記載するのが一般的です。)

 

 

収益不動産の管理・修繕についての家族信託

例えば、月に100万円の賃料が入る賃貸マンションを所有している甲野花子が認知症になると、賃貸マンションの売却はおろか、新規の入居希望者がいても入居させることができませんし、管理・修繕を行なうことはできません。繰り返しになりますが、認知症になってしまうと「契約」ができなくなるため、売買契約・賃貸借契約等のあらゆる行為ができなくなって財産凍結状態となります。認知症のリスクとしては先ほどの事例と同じですが、たとえ認知症でなくとも、賃貸マンションの管理を行なうことはご高齢になった方にとってかなりの負担があります。

 

具体的なリスクは、次の通りです。

・新規の入居希望者が現れたのに、契約ができないため入居させることができない。

・入居者や利害関係のある人に対する法的手続きができないことから入居者等に十分な対応ができない。

・賃貸マンションの管理や修繕を行なうことができない。

・花子の介護施設入所のための費用にあてようと思っていたのに、賃貸マンションが売れない。

・認知症にはなっていないが、体力が衰えてきたので十分な管理ができない。

・家賃の入金口座から、預貯金の払い戻しができない。

 

上記のようなリスクを回避するためには、甲野花子が元気なうちに次のように信託契約をしておくことをオススメします。

 

委託者(所有者):甲野花子

受託者(任される人):甲野一郎

受益者(信託による利益を受ける人):甲野花子

 

こうしておくことにより、万が一、花子が認知症になって介護施設に入所することになっても一郎が実家を管理することができますし、売却して介護施設の費用にあてることもできます。さらに、管理が大変な賃貸マンションについても一郎に任せることができて、その100万円の賃料は花子のために管理することになります。管理してくれる一郎には受託者報酬として、例えば「月3万円」と報酬を定めておくことができます(無報酬とすることも可能です)。

 

また、花子が死亡したとしても、所有権の登記名義は「受託者 甲野一郎」になっているため相続手続きを行う必要はありません。花子が死亡した場合は、「引き続き一郎が、二郎のために管理し続ける」のか、「信託を終了させて、完全に一郎の所有とする」のかは、あらかじめ信託契約で定めた通りに手続きが進みます。

 

家族信託は、大まかに分けて①信託契約書の作成、②信託口座の作成、③信託の登記、④信託の税務の4つの手続きがありますので、各専門家に信託チームを組んでもらって一緒に進めていくのがよいでしょう。

なお、一般的に契約書作成は、司法書士・行政書士・弁護士のいずれかが作成し、登記は司法書士、税務は税理士が担当します。信託口座の作成については、現在は作成できない金融機関がまだまだ多く、中には各事案によって審議して信託口座を認めるかどうかを決める金融機関もあります。例えば、信託契約書を公正証書で作成していることを条件に信託口座の開設を認める場合もあります。

 

注意していただきたいのは、単に受託者が「屋号」として名目だけの信託口座を作るだけでは十分ではありません。どういうことかというと、信託したお金というのは、委託者のものでもなく、受託者のものでもなく、あくまで「受益者のために」受託者が管理している口座ですので、例えば、受託者が死亡した場合に、「信託口座」と「受託者本人の普通口座」が一緒に相続手続きが行なわれては困るのです。

 

つまり、金融機関内部のシステム上で、信託口座については取り扱いを異にするシステムになっていなければなりません。もっと別の言い方をすると、委託者や受託者が破産しそうな場合でも、委託者と受託者の債権者は信託口座を差し押さえることができません。なぜなら、その信託口座の中にあるお金は、委託者のものでもなく、受託者のものでもなく、「受益者」のものだからです。これを「倒産隔離機能」(※)といいます。

ただし、受益者が破産しそうな場合は、受益者の債権者は受益権を差し押さえることができますので、今回紹介するような「委託者=受益者」の場合は、委託者にとっては実質的な倒産隔離機能はないといえます。

※この倒産隔離機能を悪用した場合は、差し押さえが認められます。例えば、債権者を害する意図で計画的に信託を利用した場合等。

 

信託の難しい話はいくらでもできますが、このあたりで止めておきます(笑)

次回は家族信託の手続きの流れについて解説いたします。

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